私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~
* * *
夕日が陰ってきた頃に、歩くのを止めて大通りから少し外れた森の中で、昨夜と同じように小枝を集めて焚き火をすることになった。
今度は貞衣さんと一緒に行動してたからか、風間さんに待っていてくださいとは言われずにすんだ。
女子組は小枝を集め、男子組は食料の調達。
私達がちょうど小枝を集め終わった頃に、風間さん達も帰ってきた。もちろん、デビマスも一緒に……。
昨日はぐったりと動かなかったけど、今日のデビマスはバタバタともがいている。晴さんがデビマスの尻尾を掴んで、二匹のデビマスが宙を蹴っていた。
「目を伏せていて下さい」
風間さんが心配するように私に向って言った。良く分からなかったけど、私は目を瞑る。すると、何かを叩きつける音と小さな悲鳴が聞こえた。
ぎょっとして目を開けると、晴さんが持っていたデビマスがぐったりしている。近くにあった岩に小さな赤い滲み。
もしかして、殺した?
「新鮮ですよ」
晴さんが良いことみたいに言って、笑った。
呆然とする私の肩に、貞衣さんが静かに手を乗せた。
「もしかして、こういうの初めて?」
私はぼんやりしたまま頷く。
そして、不意に悟った。
昨日ぐったりしてたのは、もう死んでたからで、私にそれを見せないように風間さんは先に……。
自然と風間さんに目が行く。
「捌きましょう」
と言う晴さんに、風間さんは、見えないところでと苦笑した。
晴さんは私と貞衣さんの視線に気づいて、そっと隠れるように木の陰にデビマスごと風間さんを連れて行った。
「そういえば」
ぽつりと零した私を、貞衣さんは静かに見る。
「昨日も捌くとき風間さん、ああして見えないようにしてた」
昨日、まるで意識してなかったけど、気がついたらデビマスがスーパーのパックに売られているような状態になってた。
あれって、そうか。
風間さんが捌いたってことなんだ。
今更ながらの事実に、愕然とする。スーパーのパックのお肉だって、誰かが捌いてくれてて、この世界だけじゃない。私がいた世界のどこかの国の人にとっては今見ていたものは当たり前の光景。
「ゆりちゃんって、もしかしてどこぞのお嬢様?」
貞衣さんが冗談めいて笑った。
「ほんと、そうかも」
私の言葉を貞衣さんは冗談だと受け取ったみたいだけど、私は恵まれすぎた世界にいたのかも知れない。だって、自分の手で何かの命を奪うことなく生きてこれたんだから。
考えてみれば、向こうの世界でも今も、食事の支度は全部誰かがやってくれてた。こっちの世界では、風間さんが糒の乾燥した状態から水やお湯に浸してくれたし、火も熾してくれる。
デビマスだって、風間さんと晴さんが獲って来てくれたわけで。
向こうの世界では、朝ご飯も昼のお弁当も、夜ご飯も、お母さんが作ってくれた。食材のお金はお母さんと、お父さんが稼いできてくれたものだ。
私は、バイトすらしてない。
休みの日だって、日がな一日、遊んだり寝たりしてるだけ。
私って、本当にお嬢様だったのかも。
そして今も。風間さんに守られてるだけの〝お嬢様〟だ。