私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~
* * *
空気が澄んでいた。
星が、きらきらと煌めく。
向こうの世界では、こんな星空は見たことがなかった。星って、本当はこんなにたくさんあるんだ。小川の砂利のように、無数に空に広がる。きらきらと光る星々。
でも、倭和で見た星の方が数が多い気がする。湿気の関係だろうか。空気が乾いてる方が星がキレイだってテレビで見たっけ。
私は、静かに寝息を立てる貞衣さんを何気なく見た。
貞衣さん達は蛮天南の寝袋を持ってなかったので、私達のを交代で使おうと私が提案した。起きてる二人は、火の番をする。
風間さんは最初渋って、私一人で見張りますから、私の寝袋は貞衣さんでも使ってくださいって言ってたけど、昨日だって寝てないでしょって言ったら、貞衣さんと晴さんが援護射撃してくれた。
それで、風間さんは渋々今寝床についている。
私は火の向こう側でぼんやりと森を見ている晴さんに視線を送った。
晴さんは良い人なんだろうと思うけど、何を話したら良いのか分からない。私はなんだかむず痒い感じがして、赤々と燃える炎を見つめた。
「ありがとうね」
突然声がして、ぱっと顔を上げる。
晴さんが口元を綻ばせていた。
「え?」
聞き返すと、晴さんはそっと視線を逸らす。
「貞衣に寝袋貸してくれて」
「ああ。そんなこと」
ふふっと笑った私に、晴さんは真剣な瞳を向けた。
ちょっと、どきっとする。
「いや。僕らにとっては、ありがたいことだからさ。本当に」
そう言って、糸目を更に和らげた。
私は少し首を捻ってしまう。寒いけど、真冬並みに寒いわけではない。そりゃ、番天南の寝袋なしで野宿をしたら寒くて寝てられないとは思うけど。
「貞衣のお腹には、今赤ん坊がいるからさ」
「え!?」
驚いた私を、晴さんはおかしそうに笑った。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
微笑んだ頬が、次の瞬間曇ってしまった。
「僕が甲斐性なしだから、寝袋が買えなくてね。たった二日だから平気って言う貞衣に甘えてしまって……本当に情けないよ」
「そんなこと……」
なんて言ってなぐさめたら良いのか分からない。
「農家だったんだけどね。去年の嵐があっただろう?」
「ああ……はい」
うう。心苦しい。すいません、本当は知りません。
「ここいらじゃ、結構大きな竜巻が発生したからね。畑が全部やられてしまってね」
「え……」
絶句する私に、晴さんはどことなく自嘲気味に笑う。
「僕は農家が好きだったから、再建しようとしたんだけどね……。結局借金が膨らんで、土地をタダ同然で手放さなくちゃならなくなって。そんなときに際限の知り合いから仕事の話がきてね」
「それで、引越しを」
「うん。ありがたい話だよ。でも、これから子供も産まれるし、新しい仕事でやっていけるかなって不安もあったりして」
不安げな表情で、晴さんは寝ている貞衣さんを見た。その途端、ふと頬が和らぐ。
「だけど貞衣は、二人ならなんとかなる。三人なら、もっとなる! って」
晴さんは幸せそうに笑った。
「一人だと潰れちゃうような出来事でも、誰かがいれば踏ん張れるものなのよ。だから、一人で抱え込むのは禁物。辛くなったら情けなくてもいい、今みたいにあたしに言うこと! って引っ叩かれてね」
恥ずかしそうに晴さんは頭を掻く。
「デレッデレですね。貞衣さんのこと、大好きじゃないですか」
からかい半分で言うと、晴さんはまた恥ずかしそうに頭を掻いた。萎縮したように背を丸めた姿が可愛い。
それにしても、貞衣さん良いこと言うなぁ。
「じゃあ、貞衣さんはこのまま寝かせておいてあげましょうよ」
「え?」
「火の番は三人で交替すれば良いんですから」
晴さんは驚いたように糸目を少し開いた。赤茶の瞳が見える。そして、ほんわかと笑った。
「ありがとう」