私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~


 * * *
 
 私達は大通りを見て廻った。
 主に出店の食べ物が中心だったけど、気になったお店に入ってみたりもした。

 あるお店の前には、ひしゃくがぶら下がっていて、なんのお店なのかと入ってみたら、金物屋さんだった。
 私達に用はないので、少し見てさっさとお店を後にした。

 桶がぶら下がっているお店もあって、また金物屋かと思ったら簡易風呂の桶がずらりとならんでいた。
 小さいのは直径三十センチくらい、大きいものは直径一メートルくらいの物まであった。

 だけど、いずれも深さがないため、浸かれそうにはない。あくまで簡易風呂専用といった感じだった。
 もしかしたら、この国にはお風呂に浸かるという文化がないんじゃないだろうか?

 そんなことを考えていたら、風間さんがそっと教えてくれた。
 お風呂に浸かるという考え方は元々、寒い地方の千葉や爛の文化だったんだそうだ。それでも千葉の六割は、蒸葉(ムスハ)と呼ばれるサウナのような物を好むらしいのでどちらかと言うと、爛の文化なのかも知れない。

 五十年ほど前にそれが広がり、今では、岐附では八割の人が湯に浸かり、美章、功歩、瞑、永と順々に広がりを見せているんだとか。

 なので、一番千葉や爛から遠い永には、まだあまり浸透はしていないらしい。
 それでも主要都市には一,二件は湯屋があるのだそうだ。

 ちなみに、倭和にも元々湯に浸かるという風呂文化はあったそうだ。火付け役は千葉や爛なので、あまり例に名を出されないけれど。

「もう夕方ですね」

 賑わう人の中で、風間さんがぽつりと言った。その視線の先で、オレンジ色の夕日が西の空に沈んで行く。

「そろそろ夕食にしますか?」
「そうですね」

 ふと通りの向こうに目が留まった。夕日に照らされて、キラキラと光る黄金色の石。通りの向こうのお店に、ネックレスがぶら下げてあった。

 不思議な感じがした。
 離れているのに、日に照らされて色形の判別もきちんとできないのに、何故だかあれは、福護石なのだと思った。
 ううん、判ったと言った方が良いのかも知れない。

「……行ってみますか?」
「え?」

 ぼんやりと見ていた私に気を使ったのか、風間さんは遠慮がちに尋ねた。
 
「はい」

 私はそれに甘えてみる。
 お店の前まで来ると、やはりあの石は福護石なのだと判った。
 小さな黄色の石が、夕日に反射して黄金色に色づいている。
 
 お店の中に入ると、きれいに整列されたアクセサリーが並んでいた。
 色鮮やかな石や、ガラス細工が、棚に置かれたり、壁にかかっていたりする。
 棚に置いてあるのは、指輪やブレスレットで、壁にかけてあるのがネックレスだった。

「いらっしゃいませ」

 奥に鎮座する、店員であろう中年女性が声をかけてきて、にこりと笑んだ。
 私も会釈を返して、商品に目を移す。

 福護石らしき物は見当たらない。
(やっぱり美章じゃないから、置いてないのかな?)
 だとすると、もしかしたら、あの店の前の石は福護じゃないのかも。

「あの、店の前の石はないんですか?」

 女性に向って訊ねると、女性は店の奥から出てきた。

「あれは、福護石といって、美章の石だから、あまりこっちには入ってこないんですよ。あの石は、店主が美章に行ってた時期に、恋した女性に貰ったんだそうですよ」
「へえ~、素敵ですね」
「そうですね。彼女が永に着た時に見つけられるように吊るしてあるんだそうですよ。なんでも、永に彼女が来ると約束して別れたんだそうで。って、言ってももう店主は年寄りなので、五十年も前の話ですけどね」

 はあ~……一途な恋、すてきだなぁ。

「ステキですね」
「そうですね。――これなんかは、おすすめですよ」

 女性は相槌を打つと、指輪を手に取った。
 それは、小さな赤い石で、ルビーというよりは、ガーネットに似ている。
 石の隣に小さな花の細工が施されている、きれいな指輪だった。

「これは赤希石(せっきせき)と言って、瞑で良く取れる石です。なんでも、恋人と離れてしまった女性の寿命が尽きるという時に、もう一度会いたいと願った女性の願いを聴き、この石が光り輝いて、二人を再び引き合わせたのだとか」
「へえ~、ロマンがありますねぇ」
「だから、この石は恋人同士で持つのが流行と言いますか、定番ですね」
「へえ~……」

 まじまじと女性の話を聞いていると、女性の視線が風間さんに移るのがわかった。
 だからね、彼氏一つどうですか? みたいな、催促するような顔をしている。
 この人、勘違いしちゃってる。
 私達はそんなんじゃないんですよ――そう言おうとした時、

「では、二つ貰いましょうか」
「……え?」

 ケチ、いや、倹約家の風間さんが、どうして?
 想定外の出来事に、驚きと同時に嬉しさがこみ上げる。
 もしかしたら――なんて勘違いしそうになる。

 落ち込んでたから、それで、励ましの意味で、そういうことなんだ。きっと。
 そう自分を納得させた。

 そんな私を尻目に、女性は嬉しそうに風間さんの手に二つの指輪を渡した。
 お金を受け取って、「ありがとうございました」と、にこやかに告げられる声を背に、私達は店を出た。
 店を出るとすぐに、風間さんが私の前に手を伸ばす。微笑んで手を開いた。中には、赤い石の指輪が二つ。

「どうぞ。良かったら」

 その中の一つを手にとって、風間さんは自分の右手の薬指にはめた。
 少しだけ眺めて、

「たまにはこういうのも良いもんですね」

 独り言のように満足げに言って、私を振り返った。
 どうしたら良いのか分からなくて、間誤付いている私の右手を取る。
 そのまま薬指に赤い指輪がはめられた。
 思わず胸が高鳴る。

「どうして?」

 言葉がポツリとこぼれてしまった。
 だって、思わず期待してしまったのだ。
 風間さんは微笑んだ。

「アクセサリーという物を持った事がなかったので、たまには良いかなと思いまして。深い意味はございません。気に入らなかったら売って下さってかまいませんよ」
「売りません!」

 思わずムキになってしまった。
 売るはずがない。

 期待した内容とは全然違った答えだったけど、正直がっくりしたけれど、例え気まぐれだったとしても、売るはずなんてない。
 だって、それでも、こんなに嬉しいんだから。
 ぎゅっと指輪をはめた薬指を抱きしめる。

「大事にします。絶対、絶対」

 発した言葉を噛み締める。
 そんな私に、少しだけ驚いたようすの風間さんが笑いかけた。

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