私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~

 デッキに出て見ると、すでに所陽の町を見渡せるほどの距離にいた。
(なるほど、これは速いわ)
 うんと頷いたとき、水面に薄っすらと影が揺らいだ。
 身を乗り出してみると、大きな鍵爪のついた腕がぐわりと水面を掻き、後ろ足が水を蹴るのが見て取れた。

(本当に、真下に生き物がいるんだ。それも、とても大きな……)
 背筋にぞわりとしたものが走る。
 関心と、ちょっとした不安がない交ぜになった。

 何気なく振り返ると、がらんとした入り口があるだけで、誰もいない。
 てっきり風間さんがいつもみたいに、後ろに立っていてくれてるもんだと思ったのに。(客室に残ってるのかな?)
 私はひょこっと、さっきいた場所を覘いてみる。

 風間さんは体育座りをして遠くを見詰める目をしていた。
 なんだか少し変な感じ。風間さんはこういう場所でも背筋を伸ばして正座してるイメージだったから。そういえば、さっきも体育座りだった。
 私と目が合うと、風間さんはにこりと笑んだ。
 私もにこりと笑み返す。

「ちょっとだけ船の中見て回っても良いでしょうか?」

 そう訊くと、風間さんは一瞬固まった。
 そして、にこりと笑む。

「どうぞ。でも危険があるかも知れません。あまり離れないように」
「わかりました」

 私は怪訝に思いながら歩き出す。
(なんだろう? な~んか、引っかかるんだけど……)

 風間さんの様子というか、雰囲気に引っかかりを覚える。っていうか、船の中って危険なんだろうか?

 考えてみれば、永での旅路は驚くほど危険なことは何もなかった。けど、この船には永国の人だけが乗るわけじゃないんだもんね。
 危険な人とか、犯罪者とかも乗ってるのかも知れないし……。
 
(まあ、風間さんはちょっと心配性なとこがあるみたいだしなぁ)
 
そんなことを考えつつ、船の中を見て回る。といっても、船は見て回る程の大きさはなかった。
 
 まず、先端部に甲板があって、帆が幾つか着いている大きな柱がある。その後ろに屋根のついた二階に分かれた部屋がある。
 二階が操縦席。一階が客室。
 客室から地下に降りれる造りになっていて、そこにトイレがある。トイレは、和式だった。ぽっかりと穴が開いていて、すぐ下に海が見えた。紙は飛ばされないようにか、蓋付の竹篭に入っていた。

 トイレから出ると、すぐに洗面所がある。
 鏡がついているのには、ちょっとだけ驚いた。鏡の前には台があって、その横に桶が置いてある。それを外すと穴が開いていて、桶に続いて紐が下がっている。
 
 それを引き上げてみると、穴を通り抜けられる大きさの桶が海面から顔を出した。
 海水で手を洗えと、そういうことですかな? 手が塩で、ベッシャベッシャになりそうですな。
 そして、その先は立ち入り禁止。ロープが張ってある。

 暗い地下にランプの灯が揺れる。
 なんだかちょっとだけ怖くなった私は、さっさと一階の客席に逃げた。
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