私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~

「風間さんは、優しくないっ! 本当は優しく見せてるだけで、全然優しくない!」

 眉根を寄せて言葉をなくす風間さんに、これでもかと不満を撒き散らす。

「足痛いなっていうの知ってて歩かせてたんでしょ!? 〝雪村様〟のために! 私が気づかないとでも思ったんですか? 変な宿屋に泊まらせられるし、風間さんのドケチ!」

 指輪だって、指輪だってしてくれないし!

「……はあ!?」

 さすがにカチンときたのか、風間さんの顔が崩れる。

「だったら言わせて貰いますけど、貴女こそどうなんです?」
「なにがよ?」
「普通倒れるまで具合悪いの隠してますか? ボロ宿が嫌ならそう言えば良い。今じゃなくて! 足が痛いなら痛いって言えば良いし、気に入らないならそう言えば良い! 結局貴女だって、私を頼ってないし、信用してないんじゃないですか! そんな相手を頼るほど、私は弱くはない!」

 風間さんはさっきと違って声を荒げた。
 荒々しく肩で息をする。

 風間さんの本音に、動揺した。
 二の句が告げない。

「――あ」

 それでも、私が何かを言おうとすると、風間さんは真っ青になって、口を抑えた。そのまま、船から身を乗り出して吐く。

(ああ……。なにやってんだ、私)

 自分のバカさかげんに、うんざりした。たしかにそうだ。風間さんの言う通りなんだ。遠慮とか、嫌われたくないからとか、そういう気持ちで我慢したりしてたけど、それってされる方からしたら、信用されてないって思うんだ。
 頼ってないって……。

 だって、私だってそうだったんだもん。
 仲良くなりたいと思いつつ、嫌われたくないから、踏み込まなかった。それって、風間さんのためっていうか、自分のためじゃん……。

 しかも、本当に風間さんのこと考えてたんなら、こんなとこで、風間さんが具合悪いの知ってて、ケンカなんかふっかけたりしないよ。
 相手にしてくれない風間さんに憤って、相手にされない自分に腹たって、八つ当たりじゃん。
 バカじゃないの。

「似た者同士じゃな」

 後ろから、突如声が飛んできて、涙が視界に跳ねた。振り返った先にいたのは、お爺さんだった。

 つるつるの頭に、白髭を蓄えた、紺色のチュフルを着た七十代くらいのお爺さん。目元が、優しげだ。
 お爺さんは、入り口から出るところで――って、私達、客室の入り口の前でケンカしちゃってたんだ!

(うわ~。恥ずかしいっ!)
 
 私はお爺さんに向って深々と頭を下げた。するとお爺さんは、そっと私の肩を掴んで、顔を上げさせた。

「いやいや、良いんじゃよ娘さん。そっちの顔の青いのも」

 言って、視線を私の後ろにずらす。
 風間さんのことだろう。

「君らは互いに気を使いすぎたんじゃろ。好きだからとか、気を使わなければいけないからとか。理由はあるんじゃろうけど、決して嫌いだからそうしたわけじゃないじゃろ? 嫌いだったら気なんか使わん。嫌いだったら切って棄てて、それまでじゃ」

 いや、それはどうだろう。切って棄てたら大問題じゃん。あ、モノの例えかな? 本当に切るわけじゃなくって、縁を切る的な。
 本当に嫌いだったら一緒に旅なんかしてられないか。っていうか、私はむしろ好きだから――あれ?
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