私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~
「そうじゃなぁ、別になんとも思わんな。普通の昔話じゃ」
「魔王を殺そうとか」
――思ったりはしませんか? と続けようとしてやめる。
お爺さんは目を見開いて、次の瞬間爆笑した。
「わっはっはっは! お嬢さん。エネルギーの塊をどうやって殺すというのじゃ?」
「ですよねぇ!」
調子を合わせる。
握られたままだった腕に力が入った。
(ごめんなさい。もう訊きませんよぉ!)
「でもそうじゃな。面白い話を訊いた事はあるぞ」
「へ?」
「永の周りの海は、塩分が極端に少ないんじゃよ。範囲、半径は、永から瞑に行くまでの距離くらいじゃな」
「ええ! そうなんですか?」
「うむ。ほぼ淡水と言って良い」
「そんなに!?」
驚く私に、お爺さんは続けた。
「その昔、ドラクルは水ではなく魂を吸い取る魔竜であった。しかし、魔王の力により、魂を抜く力を失くしたドラクルは海に住み着き、その鱗によって全ての穢れを清める聖竜となった。という説が永では当たり前のように謂われていたな。しかし、どこの国にもそんな話はあるもんだ」
「へえ~」
どこの国にもある、か。まさしく神話のようなものなんだろうな。
「まあ、永の周りの海の塩分が少ないのは、ドラクルの鱗のおかげだという説は本当らしいぞ。なんでも、生え変わった鱗が沈殿し、蓄積され、水を浄化する際に塩分も溶かしてしまうんだとか。ドラゴンの研究者がそんな話をしとったからな」
「へえ。ドラクルってすごいんですね」
おじいさんは、うむと頷いて声を上げた。
「そういえば、お爺さんはどちらに行かれるんですか? やっぱり瞑?」
「うむ。数十年前に再婚してな。妻は死んでしまったんじゃが、ひとり娘がいるんじゃ。その子が瞑に嫁いで孫が産まれたんで会いに行くんじゃよ」
「へえ。おめでとうございます!」
「ありがとう」
お爺さんは幸せそうに頬をほころばせる。
前妻への罪悪感がまだ胸のうちにあるんだろうけど、罪を悔いていても、後悔することがあっても、そこにある幸せに罪悪感を混ぜ込みながら、人間ってそうやって生きていくんだな。
大人になるって、何かを経験していくって辛いけど、きっと、それだけじゃない。