私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~

「そうですね。確かにこの国以外で購入したらちょっと高いかも知れませんが、それ程高価な物ではありませんよ。尻物でしたら他の国の方でも、一世帯に数枚は買えるでしょう。水吸筒と、専用の水筒はもう少し値が張りますが、それでも一般家庭なら一つは確実に持てるでしょうね」

 へえ……結構世界的に普及してるんだ。

「でも、ドラゴンなんですよね? 捕まえるの大変なんじゃないですか?」

 女性は目を丸くさせた。そして、腑に落ちたような顔をする。

「やはりこの国の方ではないのですね。でしたら、知らないのも道理なのかも知れません。私はこの国と、瞑国以外の者に出会ったことがなかったので、申し訳ありません」

 なぜか謝られてしまった。変なこと言ったかな。

「吸魂水竜(ドラクル)は、この国の固有種です。性質はおとなしく、食料は水のみです。主に海水が大好物と言われていて、この国ではペットにする人も少なくないんですよ。主に海辺に住む者達になりますけどね」
「そうなんですね」
 案外、ドラゴンってこの世界の人にとっては身近なんだ。
「鱗は三ヶ月に一度生え変わるので、それを頂戴しているんです」

 なるほど、品はたくさんあるわけだ。
 需要もあるようだし、そりゃ高くはないよね。

 新しい下着も手に入ったし、用品も手に入ったし。これでちょっとは安心して旅ができるかも。

 風間さん気を使ってくれたんだな……でも、なんか複雑。店出たら、どんな顔して会えばいいんだろ。
 ううっ……恥ずかしい。

 私は嫌々ながら店を出た。店にずっと居るわけにもいかないし。風間さんは反対側の道で待っていた。
 私はおずおずと駆け寄って、気まずいながらもお礼を口にした。

「あの、ありがとうございました」
「いえ、お気になさらずに。とても似合っていますよ」
「?」

 なんか、噛みあわない気がするんですけど。

「あの、いえ、服じゃなくて……」
「……?」

 ごにょごにょと口ごもると、風間さんは怪訝に首をかしげた。そして、はっとした表情をする。

「もしかして、店員に私が頼んだとか、お聞きになられましたか?」
「……はい」

 私が答えると、風間さんは大げさにため息をついた。

「申し訳ございません」

 勢いよく頭を下げられて、私はきょとんとしてしまった。

「店主には、私が頼んだと伝えないようにと言ったのですが……。それとなく薦めて、商品の使い方や説明もしてくれと」

 あ~あ……なるほど。行き違いがあったのね。でもそこまで気を回してくれたなんてやっぱり嬉しいな。

「……クソッ!」

(クソ?)
 見ると風間さんは悔しそうに眉を顰めている。え~と、今のは風間さん? じゃないよね?

「はあ……損した」

 損した?

「あの服結構高かったんですよ。こんな服五着くらい、余裕で買えるほど!」

 憎々しげに言って、風間さんは自分の着ている服を引っ張る。

「やっぱ釣銭もらっておけば良かったんだ。でも店主はそのつもりはなさそうだったし、揉めれば警察がやってくるかも知れないから、騒動にはしたくなかったし、だから内緒で薦めてくれるならって涙を呑んだというのに……ああっ損した!」

 風間さんって……結構ケチ。いや、倹約家なんだ。
 私は苦笑して、

「でも、それだったら私の制服と交換でも良かったのに。今からでも行ってきましょうか? あっ、価値がそんなにないかな?」
「いえっ! そんな! 結構です。大丈夫ですから!」
「大丈夫ですよ?」
「いえ、貴女にとっては唯一の故郷の物でしょう」

 私は思わず目をぱちくりとさせてしまった。
 そんなことを言ってもらえるとは思ってなかった。
 魔王としてしか見られてないのかと思ってた。
 鞄が屋敷と共に燃えた今、私の故郷の物はこれしかない。電子マネーのカードも鞄に入れて保管してたし。
 でも、私自身でさえ、そんなことはとっくに頭になかった。

「申し訳ありません。みっともないところをお見せしました」

 風間さんは深々と頭を下げた。

「……ふふっ」

 つい、笑ってしまった。
 風間さんが、急に身近になった気がして。
 しかも敬語で喋ってない風間さんなんて、初めて見た。

「もっと、そうして喋ってくれれば良いのに」
「え?」
「敬語じゃなくて。その方が、仲良くなれる気がするじゃないですか。それに、そもそも、私に敬語使う必要なんてなくないですか?」

 クロちゃんや雪村くんなんか、最初からタメ口だったもん。
 笑いかけると、風間さんは急に真顔になった。

「いえ、それは出来ません。失礼いたしました」

 抑揚なく言って、軽く頭を下げる。なんだか急に扉を閉ざされたような気がした。
(……私、もしかしてなんかまずいこと言っちゃったかな?)
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