私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~
* * *
トイレから戻る頃には脚の痺れもだいぶ治まった。客室に入ると、ちらほらと起き始めている人がいた。お爺さんも起きたようで、軽く会釈をしあう。
そこでピンときた。
昨日のおにぎり……!
おにぎりの海苔を初めて見た人は、これ食えるのかと驚く。つまり、初めて見る物を酔い止め効果があるんだと偽って飲ませて、あるいは食べさせてみれば効果があるかも知れない。
なんだっけなぁ……。お父さんが、医療番組観てて、なんとか効果っていう……ええっと……。
そうだ、プラシーボ効果ってやつ!
でも、問題は風間さんがガチで知らないといけないってことなんだよね。
知ってたら効果が薄まるか、無くなってしまうかも知れない。かといって、私はこの世界の物に詳しくないしなぁ……。
どうしよう。
私はとりあえず、お爺さんに近寄る。
一人で抱え込むのは禁物って、晴さんが貞衣さんに言われたって言ってたし、私もそれは実感済みだ。
「おはようございます」
「おはようさん」
「お隣良いですか?」
私が訊ねると、お爺さんはにこやかに笑って頷いた。
お爺さんの横に座る。
「実はですね、ご相談があるんです」
「うん?」
「風間さんの酔い止めのために、これは酔い止めの効果があるんだよって偽って、身体に無害な、そして風間さんが見たことのない食材や飲み物を与えてみたいと思ってるんです」
「ほう……思い込みを狙うというやつかな?」
「はい」
頷いたものの、説明していて若干不安になった。
風間さんは疑い深いというか、用心深いというか、心配性で慎重な人だ。しかも色々と知識深そうだし。
素直な人とか単純そうな人なら即効性がありそうだけど、風間さんのようなタイプにはたして効き目はあるんだろうか……。
でも、試さないよりは良いはずだ。――多分。
「それで、何か良い物はないかな……と」
「そうじゃなぁ……」
お爺さんは思案しながら、顎鬚を軽くなでた。
「では、これはどうじゃろうか?」
背負っていた風呂敷包みから、お爺さんは瓶を取り出した。
透明な二十センチくらいの大きさの瓶に、青白い液体が入っている。
「これは?」
「これはな、青流酒(せいりゅうしゅ)と言って、滋養強壮のための生薬じゃな。酒とついておるが、酒が入ってるわけではないぞ」
へえ、そんな物があるんだ。
漢方とか、養命酒とかそんな感じなのかな?
良く知らないけども。
「それって、風間さんは知らなそうですか?」
「そうじゃなぁ……知らない可能性の方が高いと思うぞ。昔、流浪の旅をしていた頃に、美章の少数民族に教えてもらったんじゃよ。秘伝じゃから、本来は別の民族には教えないらしいが、気が合う青年がおってな、出立の前に特別に教えてもらったんじゃよ。……もうその民達もおらんらしいしな」
そう言って、お爺さんは遠い目をした。
懐かしいような、物悲しいような、そんな瞳。
「ほれ、良かったら持って行け」
「良いんですか?」
「おう」
「ありがとうございます」
私はお爺さんから瓶を受け取った。
本当はちょっとだけ分けて貰えたらと思ってたんだけど、お爺さんが全部持ってって良いと言ってくれた。
「貴重な物をありがとうございます」
私はもう一度、丁寧に頭を下げた。
お爺さんが手を振って見送ってくれる。
私は寝ている風間さんの元へ駆け寄った。