私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~
* * *
午前十一時。ウロガンドにして魚刻。
風間さんは、上機嫌だった。
あんなに気持ち悪がってたのが、ピタリと止んで、凄く嬉しそうだ。
でも、まだ若干顔を顰めるときがある。
吐き過ぎたので、胃の調子が良くないのかも知れない。
でも、朝食でお粥も食べれたし、水分もきちんと取れるようになった。
本当に良かった。
あの偽薬は、彼にあげることにした。
私が持ってたってしょうがないし。
瓶が割れないように、水吸筒に入れようとしていたけど、鱗が真水にしてしまうことに気がついたときの風間さんのがっかりようが、なんともおかしくて、可愛くて、私はなんだか、幸せな気持ちになった。
あとでお爺さんに改めて御礼を言いに行こう。
そう思ったのも束の間。甲板に出ていた風間さんが、お腹を擦りながら客室に戻ってきた。
「すみません。またあの薬を飲んでも平気でしょうか?」
「もしかして、吐いてしまったんですか?」
「はい」
やっぱり、元々の体質があるのか、根本が解決しない限り、いつかは船酔いの症状が出てしまうのかも。
これは、その都度、偽薬を飲んで凌いでいくしかないか。
一日に三度摂取と言えば、吐かずに凌いでいけるかも知れない。
ただ、問題なのは、貰った青流酒が一日にどれくらい飲んでいいのかってことだ。
でも、今お爺さんに訊きに行くわけにはいかない。
すぐに返事をしなければ、怪しまれてしまう。
そうしたら、効果はなくなるか、半減してしまうかも。
「そうですね。吐き気がひどいようでしたら、飲んで頂いて構わないと思います。とりあえず今は飲んで頂いて、寝ていて下さい。その間に説明書がないかどうか、探してみますね」
「分かりました。お願いします」
すごい。我ながら、女優になれるんじゃないコレ。良くもまあ、こんなにペラペラと嘘が出てくるもんだわ。
自分自身に関心してしまう。
人って追い詰めれらるとなんでも出来るんだね、コレ!
「うっ」
一口飲んだ風間さんは、苦そうに顔を顰めて横になった。
私は風呂敷包みを広げ、探すフリをしながら風間さんを窺う。
完全に目が閉じられたのを確認すると、
「ちょっとトイレに行って来ますね」
と言って、そっと側を離れた。
風間さんが目を瞑りながら、片手を上げた。
(あ~! めっちゃ緊張したぁ!)
お爺さんのところへ向いながらも、風間さんを確認する。大丈夫、まだ目を閉じている。お爺さんはトイレに向う出入り口にいた。どうやら、トイレから帰ってきたところらしい。客室に入ってきたお爺さんを小声で呼び止める。
「お爺さん」
「うん? どうした?」
お爺さんは不思議そうに私を見た。
「あの青流酒って、一日にどれくらい飲んでいいんですか?」
「お、そうじゃな。普通、湯飲み一杯というところか」
私に合わせてお爺さんも小声で答えてくれた。
ありがたい。
そうか、コップ一杯までOKなら、今一口飲んでるだけだから、余裕で大丈夫だな。
「お爺さん。ありがとうございました。なんとか、効果があったみたいです」
「いやいや、それは良かった。またなにかあったらおいで」
「ありがとうございます」
なにかお礼の品を差し上げたいけど、私は金品類は持ってないしなぁ。制服なんて貰っても嬉しくないだろうし。
指輪は……嫌だし。
なにかお礼の品を考えておこう。
私は深々とお爺さんに頭を下げて、風間さんのところへ戻った。隣に座って、制服のポケットを漁るふりをする。
そして、風呂敷包みを畳んだ。
そうこうしてると、風間さんが起き上がった。
顔が幾分かすっきりしている。
「大丈夫ですか?」
「ええ。もう大丈夫です」
「そうですか……あの、説明書ですが、見つかりませんでした。私はバスに乗る時にしか、使いませんでしたが、友達が、一日中乗り物に乗っている時に、朝、昼、夜と三回飲んだと言っていたので、飲んでも支障ないと思います」
「そうですか。それは良かったです」
「一日に湯飲み一杯程度なら大丈夫じゃないですかね」
そう言って微笑む。
ちゃんと笑えてるかな。心配になったけど、風間さんは軽く息を吐いて立ち上がった。
「ちょっとだけ歩いてきますね」
「あ、はい。行ってらっしゃい」
背を見送りながら、安堵のため息をつく。
私は生まれてこの方乗り物酔いをした事がない。(アニキ酔いはしたことあるけど)もちろん、バスにも酔った事はない。
一回言ってしまった以上、バスっぽいものには酔ったフリをしなければならないんだろうか?
(でも、ま、風間さんはバス知らないしね! なんとかなるよね!)
嘘をつくのは良くないことだけど、嘘も方便って言うし。とにかく偽薬がバレないようにしないと! 少なくともこの船旅が終わるまでは――。