私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~

 * * *

 午後九時、現在。
 お爺さんの忠告通り、あの後一時間もしない内に嵐がやって来た。雨が激しく叩きつけ、激しい風に波が大きく揺れる。

 船はぐわんと傾くように揺れては戻り、風間さんだけでなく乗客の中で、具合が悪そうにする者が増えた。

 幸い私は三半規管が強いためか、いまだに吐き気は催さなかった。でも、私と違って風間さんは、やっぱり青白い顔をし、二度ほど水吸筒にもどした。初日と比べれば全然マシな方だ。とはいえ、嵐が続く限り症状は出るだろう。

 三十分前くらいに、膝枕や、背中を擦る提案をして見たけれど、風間さんは首を縦に振らなかった。
 今も壁にもたれかかって座っている。
 もう何回かやってるんだから、意地張らなくても良いのに。

「背中擦りましょうか?」

 風間さんは、若干迷惑そうに眉根を寄せた。
(そーんな顔しなくっても良いんじゃないですか?)
 そして、すぐににこりと乾いた笑い。

「大丈夫ですよ」

 この人の頑固さには、ほとほと呆れるな。昨夜のあの殊勝で可愛い風間さんはいずこ?ちょっとは人に頼っても良いのに。

「薬もありますから」

(チィ。薬あげなきゃ良かったぜ!)
 なんて、嘘だけど。
 まあ、本人が要らないって言うんだから、しょうがないか。
 嵐を無事に切り抜けることを祈ろう。


 午後十時。
 嵐は一向に納まる気配を見せない。

 私は瞼が落ちかけるのを必死に堪えていた。
(あ~、眠い)

 でも、ちゃんと瞑に着くまでは寝れないなぁ。
 なぁに、二日くらい寝なくたって平気、平気!
 ちらりと風間さんを見る。

 風間さんは辛そうだ。
 もどしはしないものの、顔色が相変わらず悪い。
 暗がりの中の煌々とするランプに照らされて、まるで幽霊のように見える。

 風間さんは、横になろうともしなかった。 
 座っていた方が楽なのか、意地なのかは、乗り物酔いをしたことのない私にはわからなかった。

「あの、風間さん」
「……はい?」
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