私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~
「初めは確かに、彼に対して嫌悪みたいなものはありましたよ。でも、彼にはそういうのは通じない。人の悪意を見抜けない真っ正直な人間なんです。言い換えれば、バカなんですけど」
失笑するように風間さんは笑った。
こんなに毒を吐く風間さん、見たことないかも。
あ~あ。焼けちゃうなぁ。きっと風間さんがこんな風に悪態つける相手も、雪村くんだけなんだろうな。
「だからこそ。私が彼を守らなければ」
風間さんは不意に、真剣な目をした。何かを硬く、決意しているような顔。でも、それはすぐに消えた。いつもの、柔和な顔つきの風間さんがじっと私を見る。
ドキドキしちゃう。
「そう思って、私は強くなった。――つもりでした。でも、醜態をさらし、自らを律することができず、ゆり様に当り散らしてしまいました。私は、強くなったつもりで……弱いままだったのかも知れません」
思わず涙が零れ落ちそうなった。
「申し訳ありませんでした」
(そんなことない。そんなことないです)
風間さんが謝る事じゃない。それに、風間さんは弱くない。私を、何も知らない私を連れて旅をしてきてくれたもん。
自分だって心配事があるだろうに、船酔いで苦しいだろうに……。
(絶対に、弱い人じゃない!)
言いたかった言葉は声に出せなかった。代わりに、雫が頬を伝った。ぽたぽたと、風間さんの頬に落ちる。
「ご、ごめんなさ――」
慌てて裾で風間さんの頬を拭くと、その手を取られた。
「同情なんて、ずっと要らないと思ってました。――でも、案外悪くはないのかも知れませんね」
風間さんの声音は柔らかく、優しく微笑まれた表情は何故か今まで見た風間さんのどの笑みよりも魅力的で……。
ドキドキする。胸が高鳴って苦しいのに、ずっとこうしていたい。
風間さんの瞳が、心なしか熱い眼差しのような気がする。
ぽうっとする頭に、不埒な言葉が宿った。
これって、もしかして、もしかして……キ、キスの、雰囲気じゃない――!?
ドキドキしながら、目を瞑ろうとした瞬間、ピンク色の空気は破られた。
「厠に行ってきます」
――ガクッ!
全身全霊で、肩を落とす。
ここで、トイレ、トイレですかっ!
「はあ……」
トイレに行く風間さんを見ながら、深いため息をつく。
やっぱり、風間さんの中の私は知人カテゴリーの域を出ないんじゃなかろうか……。
勝手に期待してしまった分、今更ながら恥ずかしさがこみ上げて、頬が紅潮するのが分かった。
ああ~! 恥ずかしすぎるよぉお!