私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~
* * *
迷ったけど、掃除用具を借りて掃除をすることにした。
従業員の女性はむっとするんじゃないかと心配したからなんだけど、取り越し苦労だった。
むしろ、あらやってくれるの? ありがとう! って感じで歓迎されてしまった。
それからお風呂に入って、ちょっと遅い昼食を摂りに街へ出かけた。レストランはビュッフェ形式で、豚竜の生ハムとか、脳みそ料理とかがあった。
脳みそ料理は、一見そうとは思えないスープ系から、見た目まんまな刺身風のものまで色々あって、驚いた。というよりは、まんまを見たときは、思わず――うっぷ。顔を背けちゃったよ。
私はスープであっても脳みそ料理には手をつけられそうもなくて、変わった色のパンを食べた。全体的に薄黄色のそのパンは、とても甘かった。でも、甘いのにしつこさがない。呑み込んだら、口の中の甘さがさらっとなくなる。甘いのが苦手な人でもいけるかも。ふわふわしててすごく美味しかった。
食事を終えたら、風間さんが地図や食料の調達に行くというので、ついて行くことにした。
瞑は永のように店先に商品を吊るすという変わった風習もなく、普通に看板が出ていた。
木の板に字が彫ってある物もあれば、岩に彫ってある物もあった。店先に商品が出ている店もある。
だけど、野菜や肉などの食品を売っている店がない。
風間さんの話だと、早朝と夕方に市が立って、そこでみんな買うらしい。
旅人用などの非常食類は、乾物屋で売っているのだそうだ。
まずはそこに行くことになった。
乾物屋の看板は岩だった。
高さ三十センチくらいの岩に、文字が刻まれている。永で見た文字とは明らかに違う。永は凡字に少し似た風な文字で、瞑はグランタ文字といったかな? インドの文字に似てる。
そのすぐ下に小さく楔形文字が刻まれている。これが、世界の共通文字なのだと風間さんが言ってたっけ。
少し洒落た感じのするドアを開けると、鈴が鳴った。
どうやら瞑のドアには鈴が掛けられているのが一般的らしい。
中に入ると、十畳ほどの部屋の左右に色々な乾物が並んでいて、その奥にカウンター。そしてその奥にまた部屋があるようだった。
「いらっしゃいませ~!」
明るい声で奥の部屋から出てきたのは、女性だった。
私と同じくらいの年の子。
「何かお探しですか?」
「干し肉や糒などの非常食を」
「でしたらこちらです」
店員さんが指し示した物は、見慣れた物だった。
糒と、豚竜の干し肉。
(またか)
ちょっとだけ嫌気がさしたけど、こればっかりはしょうがない。町に着けば美味しい物も食べれるんだし。
ふと視線を落とすと、懐かしい物が目に入った。赤くて、シワシワになった豆粒のような物。
(これって……ドライトマトだ!)
よく見てみると、ドライトマトだけでなく、ドライかぼちゃや、ドライフルーツもあった。
「ふ、風間さん、これ買いません?」
つい興奮して声が上ずった。
風間さんは不思議そうに覗き込む。
「これは、確か瞑の……」
「ええ。瞑の名産です。野菜や果物を乾燥させた保存食です! おすすめですよ!」
へえ。名産なんだ。
「ってことは、瞑でしか売ってないってことですか?」
「そうですよ。これは、瞑の固有種、息熱竜(ブレストファイアドラゴン)というドラゴンでしか作れないんです! その名の通り、吐く息で対象物をカラッカラにしちゃうんですよ!」
「へえ。すごい」
うむ……これはぜひとも欲しい。肉と米だけなんて、バランス悪いもん。
「どうですか? ほら、そんなに高くないですし!」
商品の前に置かれた木の板を指差す。
そこには、二デルと書かれている。通貨は世界で統一されているらしく、永でもこの読みだった。二デルは豚竜の干し肉とそう変わらない値段だ。干し肉が二、六デルだから、それより安いくらい。
ちなみにさっきの食事は、二人合わせて十二デルだった。
「そうですね。確かに肉と米だけでは、バランスが悪いですからね。どれが良いですか?」
「私は、これと、これが良いです!」
風間さんが、私が選んだドライフルーツミックスとドライかぼちゃを手に取った。
店員さんがそれを受け取って、糒などと一緒にカウンターへ運ぶ。風間さんはそれに続いた。
私はそんな風間さんの背中を見据える。
風間さんは変わった。
前だったら、どれが良いかとは訊かなかった。風間さんが自分で選らんでいたし、私もそれでよかった。
でも、嬉しく思う。
その互いの変化が。