私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~
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四足竜車の乗り心地は思ったよりもずっと静かだった。もっとドズンと揺れたりするのかと思ってたけど、そんなことは全然なかった。
揺れも、ごくたまに揺れる程度で、むしろ快適だ。
燦引を出ると、しばらくは足運屋の前に広がる丘のような道が続いていた。しかし、二十分もすると、草がなくなり、荒野のような荒地に変わった。
瞑は予想していた通り、乾燥地帯が多いのだそうだ。
これからの通り道にはないらしいけど、砂漠も何箇所かあるらしい。
しばらく景色を眺めていると、砂塵の中に山が浮かんだ。遠めに見ても、結構大きな山だ。三つの山が連なっている。
そのうちの一つ、左端の五山(ゴザン)という山を越えてヨウゲンへ行くらしい。本来なら、今日中に山を越えられたのだけど、誰かさんのおかげで今日は山の麓で露営になる。
私は、楽しげに雑談する男を密かに睨みつけた。
男は白いシャツに黒い皮のズボンを履いていた。白いシャツはだらしなく前を開け、袖も捲り上げている。
皮の茶色いブーツは先が尖がっていて、キラキラとした飾りがついていた。
腕にはジャラジャラとブレスレットを幾つもつけていて、額にバンダナのような物を巻いていた。
(チャライ! チャラ過ぎる!)
チャラ男が苦手な私としては、ぶっちゃけ嫌悪感がふつふつと湧き上がる。
ともいえ、シャツに皮のズボン、アクセントとしてスカーフやバンダナといった何か頭や首、腕に巻く物というのは、瞑では一般的な男性の服装なのだそうだ。この中の男性も大体そんなかっこうをしている。ただ、大遅刻チャラ男よりきちんとした着こなしだ。
女性も皮製品を好むらしく、レザージャケットを着たり、皮のスカートを履いたりもするらしい。この中でも、おばさんはレザージャケット。カップルの女性は皮のAラインスカートを履いている。
「こんにちは、お嬢さん!」
突然呼びかけられて、顔を上げるとあのチャラ男が目の前に立っていた。
(ゲッ! いつの間に!)
チャラ男は図々しく私のとなりにドカッと腰を下ろした。さりげなさを装って、私の肩に手をまわす。
(ひぃ~! なにすんじゃい!)
思わずサブイボがっ……!
「どっから着たのぉ? となりはなに、彼氏?」
(どこでも良いじゃろが!)
心の中で突っ込みつつ、ふと珍しく思った。
二人で歩いていると、風間さんの髪型もあってか、永では必ずと言って良いほど夫婦扱いされたのに、この人は彼氏って言った。
チャライから?
「彼氏ではないですけど」
「んじゃ兄妹? 仕事仲間? いや、そっかこの服って永国のだもんねぇ! じゃあ、夫婦か!」
チャラ男が一人で納得したところで、目の前を腕が通過した。風間さんの腕だ。風間さんは、私の肩に乗っていたチャラ男の手をチャラ男の膝に戻した。
風間さんは、にっこりと微笑んでいる。愛想笑いだ。
「仰るとおり、夫婦ですので、妻に手を出すのは止めていただきたい」
キャアァア!
叫びたいっ!
あしらうための嘘だって分かってるけど、嬉しい!
嬉しすぎるっ!
妻!? 妻だって!
動画撮りたいっ!
「いやぁ、ごめんね!」
はっ。
チャラ男の声で我に帰った。チャラ男は、全然悪びれた感じもなく、なんとなく下卑た笑みを浮かべた。
「ほら、瞑って永ほど若くして結婚するわけじゃないじゃん? だからついさ、まだ彼女独身なのかなぁって思っちゃってね~! それにしても永では交際期間が殆どないってホント? 結婚するまでえっちしちゃダメってホント?」
――え、え――って、こいつ、公衆の面前でっつーか、乙女の前でなに訊いてくれてんの!? セクハラ! この、チャラ男!
「確かに、永では宗教上の理由で、婚前の異性間の交わりは禁止されていますが、交際期間がないわけではありませんよ」
「へえ……おたくらはどうだったのぉ?」
チャラ男は下卑た瞳を向けた。今度は完全に、下品な笑顔で私をジロジロと見てくる。キモい! キモいんですけどっ!
「申し訳ありませんが。それ以上人の女をジロジロと見るおつもりなのでしたら、殺しますよ?」
冷淡な声に思わず振り返る。愛想笑いが張り付いた風間さんがいた。いや、これは……違う。いつもの愛想笑いじゃない。冷笑だ。
(怖いっ……!)
「あっ……あ~なんか、ごめんね~!」
チャラ男も同じ気持ちだったのだろう。血の気が引いた顔で慌てて立ち上がった。そして、そのまま引きつった笑みを浮かべて、そそくさと自分の席へと戻って行く。
風間さんはそれを見送って、
「大丈夫でしたか?」
私を気遣うような目をした。
「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
「いえ。さぞ不愉快だったでしょう」
はい。めっちゃ不愉快でした!
でも、それ以上に風間さんが怒ってくれたことが嬉しくて、不快な気分なんかどっか消えちゃったよ。
ちょっとは大切に想われてるのかも……。
すくなくとも、知人以上には……。――っていうか、女だって! 〝人の女に〟だってぇえぇ!
いやああ! 興奮し過ぎて死にそう!
心臓苦しいわっ!
その後の馬車旅ならぬ、四足竜旅は、幸せすぎて興奮が冷めなかった。嘘だとわかってても、山の麓に着く五時間ず~っと!
チャラ男万歳!
グッチョブ、チャラ男!