私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~
「あれは違います。後天的に得た私の能力です」
「え? 能力って、生まれつきだけじゃないんですか?」
「稀に後天的に目覚める人もいますよ。私は結界能力はからっきしでしたが、重力を操る能力はあったみたいですね」
風間さんは軽く笑んだ。
自分を卑下したのか、それとも本心なのかはわからない。真意が読み取りにくい言い方だった。
あまりにもあっさりとしていて……。
なんだか気分が沈みかけたところに、突然明るい声が聞こえた。
「これ、あんた達のかい?」
恰幅の良いおばさんが遠くから叫んでいた。
ちらりと風間さんを見ると、風間さんはにこりと笑った。
その瞳がどこか哀しげで、胸がズキンと痛んだ。
「行きましょう」
風間さんは、いつもの笑顔で言った。
「はい」
私は明るく返事を返して、風間さんについて行く。
おばさんは、私達の前に風呂敷包みをかざした。
「確認しなよ!」
明るく言って、おばさんはしゃがんだ。
私は風呂敷包みを開いて、中身を確認した。
(うん。異常なし。盗られてる物はない)
目視して袋を綴じると、おばさんが腰を上げた。
木の板を私に差し出す。
「はい。これ、あんたの入国証だろ? ――貞衣ちゃん」
貞衣……ちゃ――。
貞衣ちゃん?
おばさん、なに言ってるの?
「ああ。すみません」
風間さんが愛想笑いを浮かべながら、怪訝に首を傾げるおばさんに謝って、木の板を受け取った。
(風間さん、なんで笑ってるの?)
このおばさん、変なこと言ったんだよ。だって、貞衣ちゃんって。
風間さんはいつもの愛想笑いを私に向ける。木の板を私の前に差し出した。
手が、震える。
受け取った木の板には、永国獅祖村(えいこくしそむら)――〝貞衣〟の二文字。
「はい。これがあんただね。永の入国証。――晴(はる)くん。いや、晴(はれ)くんかい?」
「いえ、晴(はる)ですよ」
意識が遠のきそう。
なに、今、なんて言ったの?
なんで、笑ってるの? どういうこと? わかんない。私、わかんないよ。風間さん。
「どう、いうこと?」
声がかすれた。
風間さんを見たくない。どうせ、笑ってるに決まってる。でも、見ずにいられない。風間さんは、一瞬だけ哀しい目をした。
「ぬす、盗んだんですよね? 亡くなっていたところから、盗っただけですよね?」
私は無意識に風間さんの両袖を引っ張った。
彼は、強く目を瞑って、その手を引き離す。私を真っ直ぐに見据えた。
「いいえ」
やめて。
吐き気がする。
「殺しました」
その瞳は、暗く。一切の情も感じられなかった。
――殺した。
私はその場に坐りこんだ。
心には、何も浮かばなかった。
ただ、風間さんの言葉だけが、無情に響いていた。