私の中におっさん(魔王)がいる。~風間の章~
* * *
「テントの仕度ができましたんで……」
気を使うような声音に顔を上げた。
ひょろりとした男性が目の前に立っていた。男性が持っているカンテラの灯がゆらりと揺れて影を作る。
(どこかで見たような……。ああ、四足竜の運転手だ)
彼は目が合うと、どこか、困ったように笑った。辺りを見回すと、いつの間にか、日が暮れていた。
荷車の中は真っ暗だ。
「あ、ああ。すみません」
荷車から降りて欲しいんだと悟って、慌てて立ち上がる。私の頬に苦笑が張り付いた。笑いたくもないのに、無理に笑って、なんだか気持ち悪かった。
外に出ると、焚き火が煌々と燃えていた。
夜の冷たい空気が、すっと肺に入る。
そこでふと、実感した。
気がついたら、もう一日が終わっていたことを。
一日中ただ、車に揺られて膝を抱えて、憤って。貞衣さん達を思い出して、泣きたくなって……ただそれだけ。
休憩中のことも、食事のときも、何も覚えてない。
視線を向けた先に、風間さんがいた。
空色の瞳が、焚き火の炎で薄紫色になっている。
ほっとしそうになって、次の瞬間、怒りと哀しみが湧いて出る。
胸がぐちゃぐちゃになって、苦しくて死んでしまいそうだ。
トン、トンと、荷車の短い梯子から運転手が下りてきた。通りすがりに私を一瞥する。同情したような顔をして、足を止めた。
(なに?)
うっとうしく運転手を見据える。
運転手は複雑そうな顔をして、苦笑した。
そしてそのまま歩き去って行った。
「なに、なによ?」
憎々しげにポツリと呟いた言葉は、呼びかけられた声にかき消された。
「ゆり様」
ぎくりとする。
風間さんがすぐ側まで寄ってきていた。
返事をしない私を気にすることなく、風間さんは言葉を続けた。
「食事、出来ていますよ。食べますか?」
食べられるわけないじゃない!
食欲なんかないよ!
お腹なんて減るわけがない!
貞衣さんと晴さんの死に顔が、浮かんでは消え、浮かんでは消え、浮かんでは消え!
そんな状態で、お腹なんて減るわけがない。
私が食事なんて、して良いわけがない。
「朝も、お昼も何も召し上がらないし、休憩中も降りてこないし、皆さん、心配なさっていましたよ」
「……それがなによ」
憤りが口をついた。
風間さんは聞き取れなかったみたいで、「え?」と、聞き返した。
でも、私は何も返さなかった。
踵を返して荷車に戻る。
後ろから、呼び止めようとした声が聞こえたけど、決して振り返らなかった。
「なによ……」