恋の駆け引き~イケメンDr.は新人秘書を手放せない~
会場では院長の挨拶が始まっている。
ステージの上には優しい笑顔のボス。
とても30過ぎの息子がいるようには見えない奥様と、海外へ留学中の弟さん。
品のいいドレスを着たボスのお姉さん。確か、大学病院の教授夫人だってきいた。

やっぱり、別世界の人たち。

「あれ、並木?」
声をかけてきたのは橘先生。
「あ、先輩」
仕立ての良さそうなスーツを着て会場から出てきた。
まだスーツに着られてる感じがいかにも新社会人っぽくて、なんだかかわいい。

「お前、今笑ったろう」
ええ?
「どうせ、似合わないスーツを着てって思ったんだろう」
「いえ、そんなあ」
何で分ったんだろう。

「お前さあ、顔に出すぎ。思ったことが全部でてる」
「・・・すみません」
「謝るな。似合わないスーツを肯定されたことになる」
はあぁ、そうでした。

何だろう、この安らぐ感じ。
さっきまで緊張していたのに。

「1人?」
「えっ?」
「やっぱこういう席は苦手で、逃出そうと思ったんだけれど」
それは、まずいでしょう。
見つかったら叱られそう。

「一緒に抜ける?」
「ええ?」
「大丈夫だよ。1人ぐらいいなくてもわからないよ」

そうかもしれないけれど、

チラチラと会場を見回す。

みんな酒が入って、楽しそうにしている。
このまま私が消えても、気づかないかもしれないけれど・・・
でも、ボスにだけは

あっ。
美女と2人で笑ってる。

声をかけるのはやめよう。
邪魔になるだけだわ。


「並木、行くぞ」
橘先生に手を取られ、私は会場を抜け出した。
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