恋の駆け引き~イケメンDr.は新人秘書を手放せない~
「おはよう」
「おはようございます」

課長が副院長室に顔を出し、ジーッと、私を見ている。

「何か?」
「並木さん、昨日泣いた?」

えええ?
慌てて鏡を確認する。

確かに、目が腫れている。
でも、指摘されるほど大きな変化ではないと思うけれど。

「ごめん、仕事柄気がついてしまうんだ」
照れくさそうな課長。

いくら家柄がいいとは言え、若くして大病院の総務課長を勤めるってことはそれなりに苦労もあるんだと思う。
何しろ医者って生き物はプライドの塊みたいなところがあるし、それを取り巻く看護師や、秘書達も女性が多い。
気を遣うことだって少なくないだろう。ストレスだって溜まるはず。

「真之介に、怒られた?」
「え?」
言い当てられて、顔が赤くなった。

仕事中、課長はボスのことを副院長と呼ぶ。
2人でいるときに何度か名前で呼んでいるのを聞いたことがあったけれど、普段は絶対に呼ばない。

「叱られました」
きっと、今は『上司としてではない』と言われているんだと思い、私も素直に答えた。

「すごく、心配していたから」
「すみません」
なぜだろう。
課長にはこんなに簡単にごめんなさいが言えるのに。

「昨日は一応勤務外だったから、勝手に姿を消したことも、連絡が取れなくなったことも、僕は何も言わない。でも、真之介は本当に心配していた。『警察に届ける』って言うのを必死に止めたんだぞ」
「ご迷惑かけました」
立ち上がって頭を下げた。

「君のボスは、普段優しくて、冷静で、完璧な医者だけれど、自分のこととなると正確な判断ができなくなるらしい。大変だと思うけれど、ちゃんと手綱を握っていてください」
言っている内容とは裏腹に、真面目な顔をする課長。

きっと、これ以上ボスのことを怒らせるなと言われているんだと思う。
秘書として、ボスの負担になるなと。

「気をつけます」
なるべく怒らせないように、気を引き締めよう。
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