恋の駆け引き~イケメンDr.は新人秘書を手放せない~
「なあ」
何かを思い出したように、私を呼ぶ声。
「はい」

「・・・すまなかった」
「へ?」
私には謝られる覚えが、ない。

「怒って、悪かった」

違う。
怒られるようなことをしたのは私。
心配をかけてしまったんだから。

「帰ったらいないんじゃないかと、正直気が気じゃなかった」
「・・・ボス」
こんな不安そうな姿を初めてみた。
いつもはすごく強気なボスが、こんな顔もするのね。

「私こそ、ごめんなさい」
言いながら、泣きそう。

でも、泣かない。
そう思っているのに、
ボスが私に近づき、肩を引き寄せ、そっと抱きしめた。

私は初めて、ボスに触れた。
もちろんスーツ越しではあるけれど、その暖かさとたくましさは伝わってくる。

ああこのまま、時間が止まって欲しい。
そうすれば、ずっとボスの側にいられる。
そんな馬鹿なことを思っていると、一瞬体を離され、
え?
驚いて見上げると、そこにはボスの顔があった。

このままキス?なんて想像している私に、
コツン。
おでことおでこの当たる音。

ん?

「熱はないみたいだな」
はああ?
今、この状況で?
まさかのタイミングで健康チェックですか?
確かにあなたは医者ですけれど。

「見張っておかないとすぐに無理するからな」
照れ隠しなのか、本当になんとも思っていないのか、私には判断がつかない。

「さあ今日はもう遅いから、寝るぞ。明日からまた、1週間分の溜まった仕事を片付けないといけないからな」
そのまま私から離れていったボスは、いつものボスだった。
< 84 / 127 >

この作品をシェア

pagetop