追放された悪役令嬢ですが、モフモフ付き!?スローライフはじめました
 
『凶悪な毛むくじゃら』はモフモフの体を窮屈そうに入口に捻じ込んで店内に身を滑らせると、のっし、のっしと私に迫った。一歩、また一歩と、私は後退を余儀なくされる。
 私はキッと『凶悪な毛むくじゃら』を睨みつけたまま、起死回生の一手となる武器を求めた。厨房の壁に手を這わせ、フックでぶら下がる調理器具から、手探りでそれっぽい感触の物を掴み取る。
 結果、私は右手にのし棒、左手にフライパンを握り締めて構えた。双方逸らさぬまま、私と『凶悪な毛むくじゃら』の目線が激しくぶつかっていた。
 ところが厨房に前足を踏み入れたところで、『凶悪な毛むくじゃら』が目線を私から、チラリと横にずらした。
 ……え? 目線って、逸らしたらヤラレちゃうんじゃなかった? 頭に疑問符を浮かべつつ、私も『凶悪な毛むくじゃら』の目線の先を追う。その目線はあるモノに続いていた。
 ……いやいや、まさかね。
 ところが『凶悪な毛むくじゃら』は、私の横の調理台に置かれたそれを一心に見つめ、鼻をヒクヒクとさせている。しかも尾っぽを、千切れそうな勢いでブンブンと振り回している。
 ……も、もしかして。いやいや、そんな。で、でもでも。
 そうこうしている内に『凶悪な毛むくじゃら』が再び私に向かい、のっし、のっしと一歩ずつ距離を詰める。厨房の奥へと追い込まれた私には、もう、逃げ場はなかった。
 ……だ、駄目だ! 四メートルの『凶悪な毛むくじゃら』に二十センチののし棒では、どう考えても太刀打ちできない。せいぜいモフモフの毛に、棒の先が埋もれるのが関の山だ。

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