トビウオとメダカ
episode2*
ー 泣き顔の私の唇に、唇を重ねた。ー
ー人生初めての、ファーストキス。ー
え?・・・・ なにこれ・・?
私の頭の中は、時が止まったように真っ白になった。
温かく、柔らかく、ふわふわしているようなその唇は、すぐに離れた。
途端に、男は赤くなっている私の顔を見つめている。
「なにするんですか…!!!」
「あっ、ごめん… ついその、こんな時どうすればいいか、よくわかんなくて…」
いやいや、よくわかんなくたって普通、キスする?…
それに、これが私の人生初めて、産まれて初めてのファーストキスになるの?そんなのイヤだ…!最悪…
「 ばか!…」
バチンッ!と男の頬を叩いた。
その音は、遠い空まで届いたような気がする。
だけど私は泣きながら、その場を立ち去った。
「ちょっと待ってよ!」と後ろから声がしてきたけど、私には余裕がなかった。
休憩時間は残り30分。ー
こんな涙目で、顔も腫れた状態で会社に戻ったら、
なんて笑いものにされるかわからない…。
と思い、私は近くの公園に来た。
ここだったら誰もいないし…落ち着ける場所だ。
その時、後ろからスタスタ…と足音がして、
ぺチッと私の頬にオロナミンCをあてる。
ビックリして、上をみあげると、
急いで走ってきたような顔をするさっきの男の人だ。
「もう…なんなんですか。追いかけてきて。」
と、迷惑そうな顔をする私。
「いや、俺のせいで、さらに泣いちゃったら、本当に悪かったと思って。」
「別に、もう気にしてないです…。」
気にしていないなんて嘘。…
今でも、さっき起こった謎のファーストキスが忘れられないでいる。
というか……今更だけど、このひとは一体誰?……
「あの、すごく言いづらかったんですけど…」
聞きづらそうな私に対して
「んっ?」
にっこり笑ってこっちを見る男の人。
「あ。…えっと…だ、誰ですか?…」
その笑顔が、出逢ったばかりだし、赤の他人なのに
可愛く思えてしまって、頬が赤くなりながら質問した。
「あ…俺?」
コクコクと、頷く私。
「俺は、海野 翼。最近ここ(会社)にはいってきた車の整備士だよ!」
整備士さん…だったんだ。
屋上であったから、ここの人だとは思ってはいたけれども、
こんなにピアスを1、2つ左右に空いていて、しかも金髪で。
私と歳が近いひとは初めてみた。
「 あー、その顔。さては疑ってるでしょ!」
と、私の顔を除いて 呟く。
「え?そんな事は…でもちょっぴり…」
疑っていた気持ちを見破られて焦る私。
「でも、本当だからね!信じて?で、そっちは?」
「えっ?…」
「いや笑、えっ…て、俺だけ自己紹介すんのは違うだろ。笑」
と、クスクス笑いはじめた。
慌てて、私も
「あ…、ごめんなさい!鈴木幸って言います。ここの(会社)配車係、オペレーターをやってます。」
「幸? 幸せって書いて幸?へぇ〜!いい名前だね!」
と、またクスクス笑う。
けど、その言葉を聞いた瞬間、
みんな私の名前を、見て、聞いて、言う言葉はいつもそれだったから。
この人も、やっぱりみんなと思う事は一緒なんだ。
そう思った。
「でも、幸せじゃないから飛び降りようとしたんだろーね。」
「え?あぁ…まぁ。」
そんな言い方、なんて返せばいいの。
わざわざ、言葉にしなくたって…
だんだん怒りがまた、ファーストキスを奪われた時と同じように、こみあげてきそうだった。
「ごめんね…」
と、彼が呟く。
「なんで謝るんですか?」
ファーストキスに対して、また謝ってきたのかと思ったけど。
そんな事、謝られても、もう過去には戻れないし、ファーストキスだって戻ってこない。
だから、「もう別に、気にしてないですよ。」と言おうとしたその瞬間、
「もっと早く、君に出逢えてたら、飛び降りようとする前に
君の事を知って、死にたいなんて感情もなく あそこにも居なかったかなって。」
「え?…」
私の過去を話したわけでもない、どういう人かもお互いわからないのに。
私が、ここまできた道のりが、ずっと孤独だったっていうことがわかるの?
昔の職業が占い師?とか?それとも、人の心がわかるとかいう超能力者?…なにもの……
なんだか心が見透かされているようで、モヤモヤした。
けど、初めて人にそんな事を言われて、ちょっぴり嬉しくて。
ー久しぶりに私の顔に笑みがこぼれた。ー
それからほんのすこしだけ、私の話、
彼の話や、世間話をした。まるで、あの屋上の事とファーストキスの事なんてなかったかのように。
少しずつ、私は彼に慣れて笑うようになったその時。
" ピピピッ!!!"
携帯の《休憩時間終了10分前》のアラームが鳴った。
「あっ、私そろそろ仕事に戻ります。」
「そっかそっか、了解。あ、そーだ。俺のことは"翼くん"って呼んでね。」
「え?ああ…はいっ」
次、いつ会うか、話すか、わからないけど、とにかく時間がギリギリだったから はいって言ってしまった。
「あ、あとそれからさ。」
「ん?」 と首を横にかたむける私にむかって。
ー 今日から俺が 幸ちゃんを幸せにさせる ー
「 え? …… 」 と言った瞬間 、ぎゅーっと強く抱きしめられて。
「じゃ、またね" 幸ちゃん。" 」
と、まるで自由に海から空へと飛び立つようなトビウオみたいに
ニッコリ笑って 私よりも先に走って、後を追うように後ろを振り返ったけど
もう彼の姿はなかった。
" 幸せにさせる " って??
episode2*おわり