偽恋人からはじまる本気恋愛！～甘美な罠に溺れて～

これは私の勝手な憶測だけど、多分、梨花さんはわざとスケジュールを変更したに違いない。先日、私が彼女のピアノについて『意地の悪さは演奏に影響する』なんて言ったから、気分を返したのかもしれない。だとしても、任された仕事を反故にするなんて許せなかった。

電車で移動している間も、早く早く、と気持ちが急いてしまう。

恵比寿駅に着くと、私は人をかき分けて転がり出るように電車を降りた。

急がなきゃ！

走りながら何度も足がもつれて転びそうになるけれど、なんとか奮い立たせてリストランテ・パリメラへたどり着いた。

「あの、私、梨花さ、木内梨花さんの代行で、ピアノ演奏しに来た有坂と申します」

店のレセプションでぜぃぜぃと胸を弾ませながら女性スタッフに言うと、水城さんからすでに話が伝わっていたらしく、慌てた様子で店内へ通された。

間に合った……！

見ると、参加企業の人たちがプレゼンを終わらせ、ホッとした表情でそれぞれテーブルについて食事のサーブを待っているところだった。

「愛美！」

名前を呼ばれて声のほうを見ると、水城さんが足早に私の元へ歩み寄ってきた。そして、その向こうに今まで立ち話をしていたのか……父の姿が目に入った。予想外の私の登場に、父は驚いた顔をして私を凝視していた。