偽恋人からはじまる本気恋愛!~甘美な罠に溺れて~
「すまない。仕事終わりにこんなこと頼んで……さっき梨花から電話があって、遅れてでも店に向かうと言っていたが、断ったよ」
「大丈夫です。譜面は持ち合わせてないんですけど、暗譜してる曲もありますから、私に任せてください」
彼ににこりと微笑んで歩き始める。そして父の横を通り過ぎるとき、私はぴたりと足を止めた。
「お父さん、帰らないで私のピアノ……聴いていって欲しいの」
今の私は髪の毛を無造作に後ろに結んで、眼鏡をかけた正真正銘、地味な有坂愛美だ。今まで父の目をはぐらかすために装っていた優香の姿じゃない。
父を見ると眉間に皺を寄せ、口を真一文字にして無言で私を見ていた。
――なぜ、お前がここにいるんだ?
――水城君とは別れなさい。そう言っただろう?
その視線は、私にそう語りかけているようだった。けれど、ここで怯むわけにはいかない。心のどこかで、もしかしたら父に認めてもらいたい。私はそんなふうに思っていたのかもしれない。
店内に食欲をそそるいい匂いが立ち込め始めた。いつもならお腹空いたな、とか美味しそう、なんて思うところだけど、今はそんな余裕はなかった。
「大丈夫です。譜面は持ち合わせてないんですけど、暗譜してる曲もありますから、私に任せてください」
彼ににこりと微笑んで歩き始める。そして父の横を通り過ぎるとき、私はぴたりと足を止めた。
「お父さん、帰らないで私のピアノ……聴いていって欲しいの」
今の私は髪の毛を無造作に後ろに結んで、眼鏡をかけた正真正銘、地味な有坂愛美だ。今まで父の目をはぐらかすために装っていた優香の姿じゃない。
父を見ると眉間に皺を寄せ、口を真一文字にして無言で私を見ていた。
――なぜ、お前がここにいるんだ?
――水城君とは別れなさい。そう言っただろう?
その視線は、私にそう語りかけているようだった。けれど、ここで怯むわけにはいかない。心のどこかで、もしかしたら父に認めてもらいたい。私はそんなふうに思っていたのかもしれない。
店内に食欲をそそるいい匂いが立ち込め始めた。いつもならお腹空いたな、とか美味しそう、なんて思うところだけど、今はそんな余裕はなかった。