偽恋人からはじまる本気恋愛!~甘美な罠に溺れて~
プレゼンが無事に終わり、和やかな雰囲気の参加社員とは違い、私は無意識に顏が引きつってしまうほど緊張していた。人前で演奏することには慣れているはずなのに、小学校のときに初めて発表会でピアノを演奏したときと同じくらいドキドキしている。

会食の邪魔にならないように、演奏者の紹介は割愛される。さりげなく私がピアノの前に座ると、目線の先に川野さんが見えた。難なくプレゼンが終わってホッとしているような表情で他社の社員と歓談している。そんな様子を見て私も安心した。壁際には私を見守るようにしてじっとこちらを見つめる水城さんの姿、彼と目が合うとカチコチに緊張していた糸がほぐれたような気がした。そして、その横には父の姿もあった。相変わらず仏頂面だけど。

よし! やるぞ!

気合いを入れて、指を鍵盤に載せると私は深呼吸しする。そして、暗譜していた曲を弾きだした。

すると、演奏が始まったと店内が少し静かになる。

いつも思うけれど、ピアノを弾いているとき、自然と指が動いてまるで誰かに操られているような感覚がする。身体が動きを覚えているからだと昔、母が言っていたことを思い出す。
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