偽恋人からはじまる本気恋愛!~甘美な罠に溺れて~
――音楽はね、どんな人の心も和ませてくれるものよ

母が私にピアノを教えてくれているときにいつも言っていた言葉だ。当時の私はまだ子どもで、その意味がいまいちピンとこなかったけれど、今ならわかるような気がする。まだ両親の仲が良かった頃、私がピアノを弾くと家族みんなが笑顔になった。あの父でさえ笑って『愛美はお母さんみたいにピアノが上手だな』と言ってくれた。

そうだ! あの曲を弾こう!

何曲か演奏した後、私の頭の中にとある曲がポンと浮かんだ。

“子犬のワルツ”それは小学生でも弾けるような簡単な曲目で、会食の場にあまり相応しくないのはわかっている。けれど、初めて父が私の発表会のときに会社を休んでまで聴きに来てくれた思い出の曲だ。

――子犬のワルツ、よかったぞ。愛美が一番上手だった。

あのとき、そう言って私の頭を撫でてくれた。今でもその温もりを覚えている。
< 230 / 261 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop