偽恋人からはじまる本気恋愛!~甘美な罠に溺れて~
――愛美、何度言ったらわかるの? お母さんと全く同じように弾きなさい。
――でも、これが私のピアノなの。お母さんはお母さんでしょ? 私は私じゃだめなの?
昔、一度だけ母にそう口答えしたことがある。母と同じじゃ誰も評価してくれない。まるでコピーのようで嫌だったからだ。だから、私は母のようなピアニストにはなれなかった。
「お前は案外頑固なところがあるからな、ブレないというか……。けど、私は順子の完璧すぎる面白みのない音色よりも、個性あるお前の音色のほうが好きだったんだ。知ってるか? 私も若い頃、少しピアノを嗜んでいた。だから私も少しはピアノを知っているつもりだ」
そんな父の胸の内を初めて聞かされて放心する。「まぁ、昔の話はいいか」と言って控えめに笑う父の顔は、私の知っているあの優しい昔の父だった。長年見ていなかった父の笑顔に胸がキュッとなる。
「子犬のワルツ、か……久しぶりに聴いたな。つい昔のことを思い出したよ、あれはお前が初めて発表会で披露した曲だったな」
「お父さん、覚えててくれたの?」
そのことに驚いていると、父は困ったように小さく笑った。
「忘れるわけがないだろう? あのときほど、私の自慢の娘だと思ったことはない。それに、本当はわかっていたんだ」
その表情に陰りが射したかと思うと、父は親指と人差し指を目頭にぐっと押し付けた。
「仕事が忙しくて家庭をないがしろにしてた。家に帰らない日もあった。順子がほかに男を作るのも無理はない」
「お父さん……」
「文句を言う順子を陰で宥めていたのもお前だったな……昔から自分のことより人を大切にするお前の性格のことだ、離婚して愛美が私についてこなかったのは、これ以上母に寂しい思いをさせたくなかったからだろう? 幼心にお前なりの気遣いだったと、わかっていたのに……それを裏切られたと責任転嫁して、今まで辛く当たってしまった。そう思うことで、正当化していたんだ」
父の声は震えていた。それを聞いて、幼かった頃の自分を思い出す。
――でも、これが私のピアノなの。お母さんはお母さんでしょ? 私は私じゃだめなの?
昔、一度だけ母にそう口答えしたことがある。母と同じじゃ誰も評価してくれない。まるでコピーのようで嫌だったからだ。だから、私は母のようなピアニストにはなれなかった。
「お前は案外頑固なところがあるからな、ブレないというか……。けど、私は順子の完璧すぎる面白みのない音色よりも、個性あるお前の音色のほうが好きだったんだ。知ってるか? 私も若い頃、少しピアノを嗜んでいた。だから私も少しはピアノを知っているつもりだ」
そんな父の胸の内を初めて聞かされて放心する。「まぁ、昔の話はいいか」と言って控えめに笑う父の顔は、私の知っているあの優しい昔の父だった。長年見ていなかった父の笑顔に胸がキュッとなる。
「子犬のワルツ、か……久しぶりに聴いたな。つい昔のことを思い出したよ、あれはお前が初めて発表会で披露した曲だったな」
「お父さん、覚えててくれたの?」
そのことに驚いていると、父は困ったように小さく笑った。
「忘れるわけがないだろう? あのときほど、私の自慢の娘だと思ったことはない。それに、本当はわかっていたんだ」
その表情に陰りが射したかと思うと、父は親指と人差し指を目頭にぐっと押し付けた。
「仕事が忙しくて家庭をないがしろにしてた。家に帰らない日もあった。順子がほかに男を作るのも無理はない」
「お父さん……」
「文句を言う順子を陰で宥めていたのもお前だったな……昔から自分のことより人を大切にするお前の性格のことだ、離婚して愛美が私についてこなかったのは、これ以上母に寂しい思いをさせたくなかったからだろう? 幼心にお前なりの気遣いだったと、わかっていたのに……それを裏切られたと責任転嫁して、今まで辛く当たってしまった。そう思うことで、正当化していたんだ」
父の声は震えていた。それを聞いて、幼かった頃の自分を思い出す。