偽恋人からはじまる本気恋愛!~甘美な罠に溺れて~
「君のそんな表情見てると、料理人として冥利に尽きるよな……って、俺が作ったわけじゃないけどな」

「お料理って、まるで音楽みたいですよね、曲調があるように味にも変化があって……あっ、すみません、なんか変なこと言っちゃって」

どう?と感想を聞かれて自分よがりの意味不明な返答しかできない自分が恥ずかしかった。私は昔から着飾ったり、気の利いたことが言えないタチで、水城さんも私の変な食レポに目を丸くしている。

あ~! なんでもっとこう、しっくりくるようなマシな感想言えないのかな……。

「曲調……か、今までそんなふうに言われたことなかったから、ちょっと斬新だな。今日食べたコース、実はここのオーナーと一緒に考案したレシピなんだよ」

「え、そうだったんですか?」

前菜もスープもメインもデザートも全部美味しくて、食べるのがもったいないくらい見た目も素敵だった。まさか、水城さんが考案したレシピだったなんて、すごい。

「そうと知っていたらもっと味わって食べればよかったです」

「君は面白いな、益々興味が湧いた」

じっと見据えられると、胸が射抜かれたようになる。やんわりと目を細め、優しさに溢れたその笑顔にもっと彼のことを知りたい、と今まで考えもしなかったことを思ってしまう。

興味が湧いた。と言われて返答に困っていると、そこへタイミングよく女性スタッフが私の綺麗になったカーディガンを持ってきてくれた。

「どうぞ、間に合ったようでよかったです」

「ありがとうございます」

広げてみると、先ほどこぼしたワインのシミは跡形もなく消えていて、むしろ新品購入時のような仕上がりになって戻ってきた。

「わ、すごい綺麗になりましたね。あの、お代の方は……」

いかほど?という意味だったのに、水城さんは首を振って自分が出すと言った。

「え、そんなダメですよ。私のドジのせいなのに」

「いいって、これでも君をエスコートしてるつもりなんだ。男の甲斐性ってやつだよ、気にしないでくれ」

そう言われてしまい、水城さんの笑顔に甘んじて私はもう一度小さく「すみません」と口にした――。

カードで支払う水城さんの姿はスマートで、思わず見惚れてしまった。いまだにイルブールに来る紳士が水城さんだったなんて信じられなかった。男性に食事を奢ってもらうなんて数えるほどしかない私は、情けないことに戸惑ってばかりだ。
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