偽恋人からはじまる本気恋愛!~甘美な罠に溺れて~
漆黒の海の死体は今注目の俳優陣によって作られ、監督も“ホラーの巨匠”と呼ばれる有名な人だった。映画はヒロインのストーカーが殺人鬼に変貌していくという内容で、私にとって恐怖の塊でしかなく、耐え難いものだった。イルブールで私宛に送られてくる手紙のこととリンクして、ブルッと身体を震わせた。

「大丈夫?」

上映中、水城さんがどことなく落ち着かない私にそう囁いた。思わずヒャッと変な声が出てしまいそうになるのを咄嗟に抑える。

「え、ええ。平気です」

小声で答えると、水城さんは私の指先を包み込むようにしてやんわりと手を握った。

「指先が冷たい。寒いのか?」

違う。そうじゃない。恐怖でただ血の気が引いているだけだ。けれど、まさかそんなこと言えるわけもなく、私は無言でブンブンと首を振った。

前に座っているカップルの女性が怖いシーンになると、彼氏にもたれかかる様に顔を伏せている。私だって怖いし、ましてや水城さんにそんなことできるわけもない。逃げ場のない私はどうすることもできなかった。

確かに映画は怖かった。トラウマになりそうだ。でも、水城さんに手を握ってもらえるだけでホッとする。なんだか守ってもらっているみたいだ。

ずっと、こうして手を繋いでいたいな……。

水城さんの手のぬくもりは、恐怖で硬直した私の身体を穏やかにしてくれるようだった――。

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