偽恋人からはじまる本気恋愛!~甘美な罠に溺れて~
時刻は二十一時。

ひとりで食事をしたにしては、ずいぶん長い時間を過ごした。食事はどれも美味しくて完璧、お店の雰囲気も良くて、水城さんのことがまたひとつわかった気がした。

この前、どうしてもパリメラに行きたくてひとりで行っちゃったんです。

お料理もお店の雰囲気も最高に良くて……なんて、今度水城さんに会ったら言うセリフを、無意識に頭の中でシミュレーションしてしまう。

帰る前に口紅を直したくて化粧室に寄って行こうと思い、スタッフに場所を教えてもらう。

ああ、ピアノ演奏も素敵だったなぁ……。あ、そういえば、いつの間にか演奏終わっちゃってたけど、梨花さんのサインもらわなきゃ!

そう思いつつ、化粧室の扉を引いたその時だった。

「きゃ!」

「す、すみませ――あっ」

出会いがしらに出てきた女性とぶつかりそうになってしまった。長くて黒い髪がサラッと揺れ顔が露わになると……木内梨花、その人だった。

「すみません、前をよく見てなかったもので……」

「いえ、私こそ……あの、木内梨花さん、ですよね?」

「え?」

いきなり名前を呼ばれて驚いたのか、大きなクリッとした目を瞬かせて梨花さんは私を見つめた。

「先ほどの演奏、すごく素敵でした。特にラ・カンパネラなんて最高によかったです。テンポよく音が跳ねて、リズムの乱れもなくて綺麗で……って、すみません、プロの方にこんなこと言って」

ああ、何言ってるんだろ……素人に褒められたって逆に失礼だよね。

そう思っていると、梨花さんは思いのほかにこりと微笑んだ。
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