偽恋人からはじまる本気恋愛!~甘美な罠に溺れて~
「ああ、いけない。ごめんなさい、もっとお話ししていたかったんだけど……私、これからここの社長と打ち合わせがあるのよ、失礼するわね。愛美さん」

梨花さんはにこりと微笑んで忙しなくその場を後にした。

ここの社長、って……水城さんとってこと? だよね?

化粧室へ来た目的を忘れてしまい、私はそのまま席に戻って会計を済ませた。

梨花さん、実際見るとほんと綺麗な人だったな……あ! サイン、もらい忘れちゃった……。

滅多とないチャンスを逃してしまい、肩を落としてバッグを手に取る。

それにしても本当に素敵な店だったな、お料理も美味しかったし……あれって、水城さんが考えたレシピだったりするのかな……今度聞いてみようかな。

パリメラの余韻に浸りながら店のエントランスを出ようとしたときだった。

え……? あれは……。

店の前に一台の白い高級車が止まっていて、見るとそこにスーツ姿の水城さんが梨花さんと笑いながら何か話している最中だった。今にも抱き合いそうなくらいの距離で、ふたりはものすごく親しげに見えた。そして、梨花さんが水城さんの腕にそっと触れる。水城さんはそれを拒まない。

私はその光景が信じられなくて、陰に隠れて凍りついたまま動けなくなってしまった。しばらくすると、水城さんは梨花さんを車に乗せて颯爽とどこか走り去っていった。

今の、なんだったの……梨花さんと水城さんって、ええっ!? どういう関係?

どう見ても、ただの知り合い、のようには思えなかった。

水城さんのことをもっと知りたくて、彼の店にリサーチしに来たつもりだった。けれど、返ってとんでもないものを見てしまった。

こんなことなら、来なきゃよかった……。

浮かれた気持ちが一気に急降下していく。

ズキリと痛む胸。水城さんが向ける笑顔は、私だけだなんて思い上がりもいいところだ。偽りの恋人のくせに、どうして心はこんなにも傷ついているのか、自分でもわからない。

せっかく美味しい料理を堪能してウキウキ気分で帰ろうと思ったのに、私の心は暗雲に覆われてどしゃぶりの雨が降りだした――。
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