偽恋人からはじまる本気恋愛!~甘美な罠に溺れて~
会場に入ると、コバルトブルーのクロスをかけられた大き目の円卓が所々に置かれていて、どこからともなくいい匂いが漂ってくる。食事は立食スタイルのビュッフェのようで、和洋中と種類も豊富な華やかなケータリングに胸が躍った。

「すごいですね……」

初めて体験する場所に呆然としていると、水城さんが優しく笑った。

「緊張することはない。ここの料理長とは旧知の仲だけど、女性が喜びそうなメニューを取り揃えるのが得意な人なんだ」

水城さんって顔が広いんだなぁ、この謝恩会にだってきっと知り合いが……。

「あら、水城さんじゃない」

そう思っている傍から声がして、私も水城さんもそのほうへ視線を向けた。

「ああ、菅野さん。お久しぶりです」

四十代半ばくらいの綺麗な女性がにこりとして、私たちに会釈をした。

「ほんと、しばらくぶりね。仕事はどう? 相変わらず忙しそうじゃない」

菅野さん、と呼ばれた女性は水城さんの昔の仕事仲間の人で、今はアメリカで生活をしているらしい。謝恩会のためにわざわざ来日したという。

「ふふ、ずいぶん可愛らしいお連れの方ね」

菅野さんに目を向けられると、私はペコッと頭を下げた。

「有坂優香と申します」

「有坂……って、じゃあ、有坂社長の娘さん?」

菅野さん、お父さんのこと知ってるんだ……って、謝恩会に招待されてるんだから当たり前か。

目をぱちくりさせている菅野さんに「そうなんです」と小さく笑う。

「え~ちょっとぉ、水城さんも隅に置けない人ね。お付き合いしてるの?」

「え、と……」

そう尋ねられて言葉に詰まっていると、水城さんが明るく苦笑いした。

「ええ、そんなところです。けど、あんまり人に知られたくないので秘密にしておいてくれませんか?」

「まぁ、照れちゃって。今じゃ水城さんもすっかり芸能人並みに人気者だものね、でも、こういう世界ではハメを外すと厄介よね。わかったわ、それじゃ」

ハメを外す……?

厄介?

意味深な言葉を残して菅野さんはもう一度会釈すると、人だかりへ消えて行った。
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