偽恋人からはじまる本気恋愛!~甘美な罠に溺れて~
そう思っていたのに、エレベーターは無情にも二階で止まる。けれど、二階から駅へ向かう連絡通路があったはずだ。

私は降りる人と一緒に流されるようにエレベーターを出て、ひたすら出口まで走った。

わき目もふらずに角を曲がり、勢いよく自動ドアから飛び出すとバケツの水をひっくり返したような雨が一気に私の身体をずぶ濡れにした。その雨脚に一瞬怯んだけれど、行き交う人を縫って走る。たった数十メートルの距離がものすごく遠く感じた。

はぁはぁと息が上がり、あと少しで駅への入り口までたどり着く……というところで、不意に後ろからぐっと腕を掴まれた。

「きゃっ!」

あまりにも突然で思わず短く声が出る。咄嗟に振り向くと、そこには私と同じようにびしょ濡れになった水城さんが立っていた。

ど、どうして……。

水城さんは怒るでも笑顔を浮かべているでもなく、ただ私を無表情で見つめている。掴まれた腕を振り切って、そのまま駅まで走ろうと思えばできたのに、私の足は棒のように固くなってもう動かなかった。

「俺、学生時代は陸上部だったんだ。だから、脚力には自信がある」

そう言って、水城さんが小さく笑った。

陸上部……だったんだ。

私がどんなに全速力で走って逃げても、水城さんに追い付かれるのは必然だったのだ。陸上部と聞いてひとり納得する。

「ごめん、梨花が余計なことを……」
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