ユウジン終章
やっぱりお前に撮り直してもらおうってことになってさ、と湖山を呼び出すつもりでいた。が、湖山のアシスタントが撮ったものは悔しいけれどそれと見分けがつかないくらい出来が良い。仕方がないから「あれでいくよ、進めます」と言う。それだけでも十分に用件になるはずだ。

 湖山優仁はいま保坂が仕掛けている仕事でメインカメラマンをしている男で高校からの友人だ。もっというと中学校は学区が違ったが塾は同じで、成績順に貼り出される名前をいつも見ていた。いつも二枚目の一番上あたりに彼の名前はあって、彼がもう少し頑張れば同じクラスになれるのに、彼の名はけして一枚目に入ってこなかった。友人たちに「こやま」と呼ばれているから湖山は「こやま」と読むのだと知っていたから保坂はいつも頭の中で湖山優仁(こやまゆうじん)と彼を呼んでいた。
 高校の入学式のときに掲示板の前で見かけたときには真っ先に声をかけた。
 「おい、お前、コヤマ ユウジンだろ?俺達、同じ塾だったよな?」と彼に声をかけたら、彼は不思議そうに保坂を見上げて「マサヒトだよ、ユウジンじゃない」とそのふわっとした表情にはそぐわずハッキリ確りとそう言った。「でも、ずっとそう呼んでたから」と保坂が言うと湖山はますます不思議そうに保坂を見たけれどユウジンと呼んではいけない、という訳でもなさそうだったから、保坂はそれから三年間、また卒業してから現在に至るまで彼をずっと「ユウジン」と呼んでいる。他の誰もそう呼ばないけれど、自分だけが呼ぶ呼び名で彼を呼ぶのは気分が良い。

 湖山は高校を卒業した後写真の専門学校へ進んだ。高校卒業後、就職してからも、仲の良かった何人かで集まるときには必ず湖山に声をかけた。湖山は来るときもあったし来ないときもあった。一度個展の案内をもらって見に行ったことがあるがそのときは会えなかった。会うときに仕事の話をすることもあるけれど名刺交換をしたり社名をいちいち確認しているわけではないから、編集部の前に菓子折りを持って立っている湖山を見たときにはとても驚いた。それは湖山も同様だったらしい。懐かしい顔は以前と変わらずに物静かに、そして密かに鋭利な情熱を湛えているはずの目を伏せて微笑んだ。それが3ヶ月ほど前の話だ。


 PCから取り出したRWのディスクをケースに入れてぽいっと放るとディスクはしゅっと書類の上を走った。保坂のデスクの上には印画紙に現像された何枚かの写真が書類の束とともに広がっていた。天井を仰ぐ。蛍光灯が嵌った凹みに薄く埃がたまっているのが見える。おはようございまぁぁぁぁす、と語尾をやたらに延ばしながら出社してきた村上が自分のデスクへリュックを下ろした音が聞こえた。今日もネクタイはリュックの中でくしゃくしゃになっているんだろう、ワイシャツにはアイロンがきいているがノータイだった。

 「ムラカミィ」
 と保坂は身体を起こしてデスクにひじを突いた。
 「はぁぁぁぁぁい」
 と村上がゾンビのような姿勢で保坂の方へやってくる。RWディスクを人差し指と中指で挟んで「これで進めて」と差し出すと、村上は「ほぉぉぉぉぉい」と受け取ってまたゾンビのような姿勢でデスクに戻っていった。あんな風だが仕事はできるやつでいつでもどこでもあまりに目に余るような態度な訳ではないから特に注意はしない。けれど女性陣の中には彼のいい加減そうな態度を好まないリーダーがいるのも知っている。

 時計を確認する。そろそろ出社してる時間だろう。最近登録したばかりの短縮番号をプッシュすると呼び出し音はきっかり三回で相手先の男性社員が出た。
 「おはようございます。昭栄出版の保坂です。お世話になります。湖山さんはおいでですか?」
 一年間に何千回、十年回で何万回と繰り返してきた台詞で恋しい男を呼び出した。

 「この前の宣材だけどあのまま使わせてもらうことになりました。なんで、湖山の手を煩わせなくてもよくなった。さすが、お前のお弟子さんだな。」
 「そう、よかった。」

 たったひと言それだけで、違和感を察知できる自分ってやっぱり天才だろうか。何かが変だ。自分が可愛がっている部下が褒められたときの湖山はいつもならもっとこう…。

 「あ、でねぇ、えーぇっと、あれだ、渡したいものがあるんだ、この前出張に行って、くいもんだから早めに渡したいんだけど、今日会える?」
 「──。え、ごめん、何?」
 「おいおい、俺そんな難しいこと言ったか?」
 「いや、違う、なんかちょっと、朝早いから。」
 「ふうん。」

 朝早いって…、お前、朝早いの得意だろうが。
 保坂は、けれどそれ以上は何も言わずに夜の約束を取り付けて「細かいことはラインするから」と言って電話を切った。

 「さて…。さてさて、おい、村上ぃ。」
 村上がなんすかぁぁぁぁと言って、またゾンビのような姿勢で移動してくる。
 「俺ちょっと、出かけてくる。明太子買いに行ってくるから。」
 「は?明太子、すか?」
 村上はゾンビの姿勢のまま頭を上げて顎をカクンと落とした。そのときインサートカップに入れたコーヒーを配りにきた女子社員が保坂のデスクの隙間を探しながら
 「お使い物でしたら私が行ってきましょうか?」
 と申し出てくれたが、
 「いや、いい。自分で行く。」
 と言って立ち上がった。
 カップを手にとってひとくち、ふたくち、村上に指示をだしながら口をつけて、椅子にかけたジャケットを掴み編集室を出る。



 * * * 

 人は案外、昔の恋を忘れることなんかできない。保坂は最近そのことを繰り返し考える。恋だったか?と訊かれればどうだろう?と答える位には曖昧な気持ちなのに、そうだったのかもしれないという気持ちを拭い去ることができない。しかもそのことに気がついたのは彼に会わなくなってだいぶ経ってからのことだった。

 あいつは最近どうしているだろう?と旧友を思い出すとき、他の誰とも違うのだと知る。そう、違かったのだ、と知った。
 制服のワイシャツの衿が浮いている首筋にできる影、ワイシャツの襟元で丸まっている襟足の毛の束、窓際の席でまぶしそうに目を細めると濃く線になる左目の睫毛、ノートと教科書をそろえる指先、シャープペンを回す手の動き、体操着のジッパーを持ち上げる親指のしなり方、ハーフパンツから見える膝頭の古い傷、肩甲骨が翼の形に浮き出るTシャツの背中、──。

 湖山を思い出す時にだけ、幼い位の感受性に満ちていた自分の観察力が捕らえたいくつもの場面が脳裏に溢れた。

 時折裏返る彼の声が語る彼の未来や、苛立ちを表す彼の眉の動き、あんなに頼りなかった自分を見上げた何の曇りもない信頼に満ちた目、湖山が脳裏に溢れるたびに、保坂は知ったのだ、ただの友人としてではない、自分の、おそらくそれが恋心だというものを。


* * *

 菓子折りを持った湖山は、相変わらず細く中年太りと言う言葉とは無縁のようだった。紺色のコットンジャケットの下で細い肩が遊んでいるように見えたことも、なんだか学生時代の頃そのままのような気がして嬉しかった。訥々とではあっても「オンシャ」だとか「ヘイシャ」だとか「コノタビノ」だとかと言葉を繋げている、そのことだけが時の流れを感じさせる。呪文のようだ、その社会人めいた台詞を紡ぐ唇から目が離せない。

 "あの頃"と変わらない湖山と"あの頃"とは違う湖山を探すことに夢中になっていた最初の何回かは良かった。会える日を楽しみにして、会えれば嬉しい。それは旧友に会える喜びといった単純な気持ちとさして変わらなかった。それなのに、時を隔てた今湖山が誰かを頼りにして誰かに支えられているという事実を目の当たりにしたとき、それは社会人として当たり前のことなのにも関わらず、なぜか気に食わない。それはもしかしたら、湖山が頼りにして湖山を支えているその男のことが気に食わないのかもしれない。言葉にしないでも分かり合っている。その男は、湖山が欲しいものを欲しがる前に差し出すし、いらないものは取り除いて、湖山の作り出していくものを丁寧に切り取っていく。時に何かが足らなくても、湖山はその男の名前を呼ぶだけでいいのだ、名前を呼ぶだけでその男はやってきて何が欲しいのかも何が要らないかも察して湖山を満たしていくのを目の当たりにした。
 それがカメラマンのアシスタントの仕事だから、そんな一言で片付けられるものなんだろうか。保坂には分からない。保坂の仕事とは違いすぎる。
 忌々しいなと思いながら湖山とそのアシスタントを飲みに誘った。


 アシスタントが帰るとき湖山が心細げにその男を見上げた。彼が帰ると言ったとき、正確には保坂が彼が結婚していることに言及したときだったが、湖山の指先がほんの一瞬震えたのを保坂は見逃さなかった。

 あぁ、そうか、湖山はこの男を?そしてもしかしたらこの男も湖山を?男だぞ、と言うつもりはない、けれど、まさか…、だって既婚者だぞ?

 でも保坂も知っている。この世界にはいろんな人間がいることも、そして人はどうしようもなく恋に落ちるのだということも。だから、湖山を好きでも女と結婚する男がいても不思議ではないし、湖山が彼は既婚者だと知っていて恋心を抱いているのだとしても不思議ではない。お互いがお互いを想い合っているとしても、湖山の一方的な想いなのだとしても、湖山がいまこんな風に誰かを想って頼りなくなったり、誰かの一言で気持ちが揺らいだりするのは、そして、その相手が湖山に相応しくない相手なら、ここから救い出してやれるのは自分しかいない、と保坂は思った。それは、保坂自身の気持ちとは関係なく、友人として当たり前のことだと思うのだ。

 湖山は、既婚のアシスタントに恋心を抱いているのだろうか。
 それは、考えすぎかもしれない。
 考えすぎだったらいいのに。

 けれど、湖山を見つめれば見つめるほど、彼はどうやら救いようのない恋に落ちているらしいという疑いが濃く霧のように立ち込める。過(あやま)った道を行く彼の細い肩がその霧の中に見えなくなる前に保坂は彼に声をかけなければいけない。そして、「そっちに行っちゃ駄目だ」という保坂の声は彼に届くのだろうか。

* * *

 待ち合わせのバーは古い町並みを見下ろす13階にあってスカイビューの席はカップル席というのかツーシートのソファがいくつか並んでいる。中央には小さなテーブルを囲むようにグループで寛げるソファ席があり、一段上がったところにカウンター席があった。バーテンは今日は一人だけ入っている。

 時間が早いせいで他に客はいない。カウンター席の真ん中に湖山は座っていて、気怠げに背を丸めた姿はやはり痛々しい位に何かを思い悩んでいる様子に見えた。カウンターに置いたスマートホンについた革のコードを撫ぜている。その革のストラップコードは比較的新しいのかまだ硬そうに見えた。海のような青が鮮やかだ。保坂はことさらにという訳でもないが元気よく湖山の席へと近づいた。保坂がカウンターの角まで近づいた時湖山は保坂に気づいて、笑顔を作って手を上げた。
 「よっ!」
 と保坂は湖山の肩を叩きながらツールに腰かけた。

 湖山はグラスを揺らしている。口元にまだ作り笑顔を残しているように見えるのは、きっと次にどんな表情(かお)をしていいのか分からないからなのかもしれない。グラスの中に何かを探すみたいに湖山はただ手元を見つめていた。保坂が何かを感じていることを、多分湖山は分かっている。きっとだから何も言い出さない。何をどうやって説明したらいいのか、もしかしたらずっとそれを考えているのかもしれなかった。保坂は言葉を捜した。湖山がいま伝えたい何かを伝えられるように、たった一言でもいい、こぼしたい何かをこぼせるように。言葉を使うことを生業(なりわい)としているのにこんなときに相応しい言葉が思いつかない。だけど、湖山がグラスを持ち上げて飲みかけて、もう一度カウンターに置いたとき、保坂はついにその言葉を見つけた。

 「けんか、しちゃった?」

 湖山は一瞬息を止めたみたいに見えた。保坂を向く湖山と、目が、合う。懐かしい、そう、湖山はいつもこんな目をしていた。強く、まっすぐに、何かを探る目。何かを見据えようとして、同時に何かから目を逸らそうとするような目。その目はいつも力強くそして同時に頼りない。

 「オオサワくんと、けんかしちゃったのか?」

 カウンターに肘を置いて保坂は湖山の顔を覗き込んだ。

 「けんかじゃ、ない」

 湖山は顔を背けて答えた。保坂をまっすぐに見返せないなら保坂の言っていることがほとんど合っているということだ。ただ、けんかという表現では表せないのかもしれない。今ここですべてを語らせようとしたってきっと無理だろう。

 「ユウジン、それ、何飲んでる?」
 保坂は優しく呼びかけて、彼に二杯目と自分も同じものを注文した。
 琥珀色の液体を口に運ぶ。いつになく早く。湖山は何も言わない。保坂ももう何も訊かなかった。グラスに残ったロックアイスが溶ける間もなく、
 「良かったらうちでゆっくり飲もう、その方が」
 話しやすいだろう、と言外に言うと湖山は苦笑して立ち上がった。


 タクシーの車内にはエアコンが効いていなかった。湖山がシャツの袖をまくったとき、保坂は湖山の手首に痣を見つけた。薄暗い車内でそれと分かるくらいの痣だ。湖山の横顔を見つめた。湖山は車窓を眺めている。夜の始まりの中を車は郊外へ走る。駅からの人々が流れていく町の入り口にタクシーは止まって、保坂は湖山とそこに降り立った。湖山の手を引きたい気持ちを抑えながら保坂は先に立って歩く。湖山はだまって数歩後ろをついて来た。

 マンションの部屋に入ってすぐ、保坂は湖山の手首を掴んだ。
 「この痣の理由を聞いてもいいのか?」
 湖山は保坂を見上げて諦めたようにため息をついた。
 「話す、から。少し休ませて…入っても、いいか?」
 保坂が手を放すと湖山は室内へ入り、ソファにぐったりと身体を預けた。彼は疲れている。とても。多分身体だけではなくて、心も、とても。
 保坂がキッチンから水をとってソファに戻ったとき、湖山はソファに身体を横たえて目を瞑っていた。今は眠らせてやろうという気持ちになる。保坂はサイドテーブルに水の入ったグラスを置いて、ソファの下に座った。湖山が「ごめん」と小さな声で言った。「いや」と保坂は答えた。こんなことくらいでも彼のために何かできるなら、と思う。
 湖山が小さく寝息を立て始めて、保坂も少しウトウトする。一時間も経ったろうか、湖山は眠り続けている。保坂は急いでシャワーを浴びてリビングに戻り、まだそこにいる湖山を確認して安心する。寝室から肌掛けを持ってきて湖山にかけた。保坂もソファの下に身体を横たえた。いつの間にか深い眠りに落ちた。

 スマートホンが唸る音で目が覚めた。自分のではない。湖山が寝ているソファのどこかで鳴っている。彼が握り締めている青い革のコードを引っ張るとソファの背の方で鳴っていることが分かった。引っ張りだしながら湖山を揺り起こす。
 「おい、電話だよ。」
 湖山は薄く目を開いて、最初は少し理解できないふうにぼんやりとしていた。スマホの呼び出しが一度切れて、また唸り始めた。湖山はソファの上に身体を起こしてやっとスマートホンと向き合い、指先で拙くスワイプすると耳に当てた。電話の向こうで男の声がする。湖山は何も言わずにスマートホンを保坂に差し出した。

 電話の相手に話がしたいと言われたので都心のホテルのラウンジを指定した。そこなら落ち着いて話ができるだろうと思ったからだ。こういうことは感情的になったらいけない。とくに自分に十分感情的になる理由があるなら余計に。

 朝、四時。窓の外は明るくなり始めていた。じっと座っていた湖山がサイドテーブルのグラスを手にしてこくりと一口飲んだ。「取り替えてくるよ」と保坂が言うと「いや、これでいい」と言ってもうひと口、ふた口と飲んだ。

 「出張、どこ行ったの?」
 と湖山は昨日そこに置いたビニール袋に目をやって言った。
 「どこにも行ってない。」
 と保坂は白状した。
 昨晩湖山が置いたビニール袋に手を伸ばして中を出す。紙の折に入った明太子だった。
 「九州…?」
 湖山は保坂の手元の折の文字を眺めてまた言った。
 「東京駅」
 と保坂は答えた。湖山は不思議そうな顔をしていた。『マサヒトだよ、ユウジンじゃない』と言ったあのときの顔だ。保坂は懐かしさに頬を緩めた。
 「東京駅。東京駅で買ったんだ。お前に会う為の口実だよ。」
 そんなことを言ったらどんな顔をするだろうかと思っていたけれど、湖山はただ答え合わせが終わったみたいに
 「なんだ、そうなの。」
 と答えてグラスをもとあった場所に置いた。

 グラスを戻す手首に痣はまだ残っている。保坂がその痣を目で追っていると、湖山は手首を擦りながら言った。
 「けんか…ではない…んだけど、その…。するときにちょっと強引にされて…」
 「する時、っていうのは、そういうこと?」
 「うん」
 「それは、合意だったのか?」
 「その時はそういうつもりじゃなくて…あ、いや、でも、まぁ、いつもは。」

 思ったよりも深い傷だ、と保坂は大きなため息をついた。それは湖山のことでもあったし、自分自身のことでもあった。
 「お前、分かってるんだよな?彼は、既婚者だぞ?」
 湖山は答えない。
 「何でこんなことになったのか知らんけど、やめとけ。こんな、お前を見ていたくない。」
 湖山は俯いている。前髪が彼の表情を隠しているけれど、涙が零れ落ちるのを隠すことはできなかった。保坂は手を伸ばした。彼の手首に触れた。彼の頭を抱き寄せると、湖山は額をこすり付けるみたいにして、くッと涙声をこらえ切れずにこぼした。
 「な?」
 湖山の髪を撫でた。ここだけが安全な場所なんだと湖山に言い聞かせるように。湖山は涙をこぼし続けた。それは悲しさなのか、悔しさなのか、保坂には分からない。どちらだっていい、どちらでなくてもいい。湖山が涙をこぼす場所があってよかった。その場所が自分の腕の中でよかった。泣いたらいい、いくらでも、ここで。

 「つらい恋なんてして欲しくない。」
 保坂の肩で湖山がくぐもった声で「うん」と答えた。保坂は気を良くして続けた。
 「もっといい物件はいくらでもあるだろ?たとえば俺とかね。」
 湖山は、ふふふと笑ってまた「うん」と言った。それはただ、彼を苦しめ続けた恋を諦めるという意味でしかなかったかもしれないけれど保坂は幼い日の自分の恋が報われたような気になる。

 「ユウジン、お前のことが大事なんだよ。すごく、大事なんだ。」
 湖山は保坂の肩に額をこすり付けた。保坂はその頭にそっと口づけた。湖山は額を肩に乗せたまま「ティッシュ!」と言って保坂の前に手を差し出す。保坂ははいはい、とサイドテーブルの下の箱ティッシュを差し出した。
 分かっているのかな、保坂は洟をかんでいる湖山の頭をポンポンと叩きながら、窓の外が白々と明るくなっていくのを見つめていた。


               終わり
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