ポンコツ女子、異世界でのんびり仕立屋はじめます
 * * *

 結局、近くにいた黒服に手伝ってもらって、手頃な大きさの控え室まで運んでもらった。小さめとは言っても、お店が丸ごとすっぽりおさまってしまうくらいの大きさだが……。

 軽い球技はできるくらいの広々とした部屋に、豪華なゴブラン生地のソファセットだけがどーんと置いてある。

「では、ここにお水とおしぼりを置いておきます。何かありましたらテーブルの上のベルでお呼びください」

「ありがとうございます」

 教育の行き届いた黒服が行ってしまうと、長いソファに横たわったアッシュとふたりきりになった。

「アッシュさん、大丈夫ですか?」

 おでこにおしぼりを置いてみるけれど、反応がない。目を閉じたまま眉間を寄せて、苦しそうな呼吸を繰り返している。

 寝ているのか気絶しているのかわからなくて焦ってしまったけれど、黒服が「大丈夫ですよ。こういう場ではよくあることなので」と落ち着いていたのでたぶん大丈夫なのだろう。

 でも、なにもできないのがもどかしい。水を飲ませたほうがいいのだけど、このまま与えても逆にむせてしまって危険だし。

 せめて、クラヴァットと襟元のボタンをゆるめてあげたほうがいいのだろうか……。

 クラヴァットをゆるめ、なるべく肌に触れないように苦戦しながらボタンを外していると、アッシュの目が開いた。

「アッシュさん、起きたんですね。気分はどうですか? お水、飲めますか?」

 顔を近付けて話しかけたのだが、様子がおかしい。目がすわっているというか、いつもと色が違う……気がする。ブルーグレーの瞳の中心に、炎のようにちかちかと揺らめく赤い色が見えたような。

「……アッシュさん? 気分が悪いなら、黒服を呼びましょうか?」

 本気で心配になって声をかけると、遠くを見ていたアッシュの目が、私をひたと見据えた。

「――っ!?」
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