ポンコツ女子、異世界でのんびり仕立屋はじめます
 その瞬間、むせ返るような甘い芳香が、濃い霧のようになって私を取り巻いた。

 信じられないことだけど、薄い桃色の空気が見える。三兄弟のそばにいるときにかいだことのある、あの甘さとは比べものにならないくらいの、気を失いそうになるくらいの甘い匂い――。

 頭がくらくらして、目の前がちかちかして、ソファの前に膝をついてしまった。

「……ケイト」

 かすれたような声を出して、アッシュが私の名前を呼ぶ。息を吸っても吸っても、桃色の霧しか肺に入ってこない。酸素が足りなくて、くるしい。

 一体これは、どういう事態なのだろう。逃げたほうがいいのか、アッシュを起こしたほうがいいのか。考えたいのに、立ち上がりたいのに、頭も身体も動かない。

「アッシュ、さん……は、息、できてますか?」

 もうろうとしながら返事をすると、がしっと腕をつかまれた。

「――え?」

 抵抗する間もなく、引き寄せられ、後頭部に手を添えられる。

 これは、なに? なにが起きてるの?

 そう思った瞬間には、私の唇はアッシュの唇に、スタンプのように押されていた。

「――!?」

 顔を離そうと思ったのに、がっちり頭を固定されていて動けない。

 私が抵抗するのを咎めるように、アッシュの舌が口内に侵入してきた。

 吸ったり、絡めたり。少し音を立てたり、軽く噛むようにしたり。

 ありとあらゆるキスを試すように、アッシュの唇が、舌が動く。
< 168 / 218 >

この作品をシェア

pagetop