ポンコツ女子、異世界でのんびり仕立屋はじめます
「そんな簡単に言わないでください。それに……、アッシュさんは責任を取りたいだけで、私のことが好きなわけじゃないんでしょう?」

「それは――」

 口ごもってしまったアッシュの表情を見て、胸がズキンと痛む。まぶたがじわっと熱くなったのを悟られないように、さっと立ち上がった。

「私のことが好きでもない人と、お付き合いも結婚もできません。今日のことは忘れますから、アッシュさんもそうしてください。もとの世界に戻るその日までは、お店で働いていたいので……」

「ケイト、俺は――」

「私、先に帰ります。馬車は自分で拾いますから……。さよなら」

 まだ何か言いかけていたアッシュを置いて、分厚い木の扉を閉める。

 ぱたん、と音がした瞬間、涙があふれてきた。

「……う、ぅっ……」

 こんな悲しいプロポーズをされて、自分の気持ちをやっと自覚した瞬間、失恋してしまった。

 好きなんだ。私はずっと、アッシュのことが好きだったんだ――。

 一年で離れてしまう世界だから、会えなくなってしまう人だから。自分の気持ちに蓋をして、見ないようにしていた。

 それなのに……。あんなキスで、無理やりこじ開けられて、暴かれて。

「知ってた。アッシュさんが私を好きじゃないことくらい、知ってたのに……」

 どうして、ほんのり片思いをしたまま帰らせてくれなかったの。そうすれば、切なさと寂しさはあっても、こんなに悲しい気持ちで泣くこともなかったのに。

 アッシュの性質でもなく、甘い匂いのせいでもなくて。ただずっとあなたを見続けていて好きになったということを、伝えられないまま私はこの世界からいなくなる。

 それで、いい。余計なものを残したいなんて、去るほうのわがままだ。

 きれいにいなくなるから。みんなのいい思い出になれるように、最後までがんばるから。

 ――だからもうちょっとだけ、泣いていてもいいですか。

 扉に背を預けて座り込んだまま、私は涙が止まるまで泣き続けていた。私が帰るまで、扉が内側から開くことはなかった。
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