ポンコツ女子、異世界でのんびり仕立屋はじめます
「ケイト、気を悪くしないでね。クラレットもさ、ケイトにこのまま残って欲しいんだよ。がっかりしてあんな態度を取っちゃったんじゃないかな」

 よいしょ、と椅子に座り直して、セピアが無理に作ったような笑みを浮かべる。

「セピアくん……」

「もちろん僕だってそう思ってるよ。でもさ、故郷に帰りたいって言ってる人を、無理には引きとめられないよね……」

 クラレットも、セピアも、こんなに嬉しいことを言ってくれる。私だってみんなと離れたくない。でも、どちらかを選択しなければいけないなら、今まで育った世界や、おばあちゃんとの思い出を捨てるなんてできない。

「ごめん。仕事は最後まで、一生懸命やるから」

「わかった。それまでに、いっぱいいい思い出を作ろうね」

「うん」

 気を取り直したようにセピアが笑ってくれたので、ほっとした。

 でも、季節はもう、お別れの日までのカウントダウンを始めていたんだ――。

 * * *

 舞踏会の夜から数か月が過ぎ、夏になった。

 汗ばむくらいの陽気で、ドレスも半袖に変わってきている。ロンググローブかショールで日焼けを予防してさらに日傘、というのが貴婦人の基本スタイルみたいだ。日焼け止めがない世界だからどうしても厳重装備になってしまう。

 今日の私のドレスは、パフスリーブの立ち襟ブラウスに、花柄のビスチェドレスを重ねたようなデザインのもの。花柄と言っても水彩画のような淡い模様だし、落ち着いた色味なので着やすくて気に入っている。

 私がこの世界に来たのが秋のはじまりだったから、この夏がここで過ごす最後の季節になる。

 アッシュとは、表向きは今まで通りに接しながら、でも心の内のぎくしゃくしたものは解消されないままここまで来てしまった。

 このまま何事もなくあと数か月も過ぎていく、と思っていたのだけど……。
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