ポンコツ女子、異世界でのんびり仕立屋はじめます
 晩餐会当日。私の前に現れたクラレットは、息をのむほどの美青年だった。薄紫色のタキシードに濃紫のクラヴァットとチーフ。この繊細なコーディネートはクラレットではないと着こせないだろう。

「ものすごくかっこいいよ、クラレット!」

 女性だと華やかな美貌なのに、男性になると涼しげな美形になるのがふしぎだ。ふだんカールさせている長い金髪はサイドでまとめ、長いまつ毛に縁どられた紫色の瞳は憂いを帯びている。単に憂鬱なだけかもしれないが。

「お褒めいただき、どうも」

 声までちゃんと男の人になっている。いつもより低い。

「こんなにかっこいいのに、どうして嫌がっていたの?」

「そりゃああなた、すっぴんで人前に出られる? この恰好だとお化粧するわけにもいかないじゃない」

「ああ……。美意識の問題なのね」

 こういう口調を聞くと、ああちゃんとクラレットだと安心する。あまりにも違う男の人みたいで、少し緊張してしまったから。

「じゃあ、行きましょうか」

 店の外に待たせてある馬車に向かおうとすると、クラレットが腕を差し出した。

「えっ、いいの?」

「厳しい特訓に耐えたんだから、きっちりエスコートしてあげるわよ」

 毎日、お店が閉まってからクラレットの淑女講義を聞くはめになった。身のこなしや食べものの取り方、男性に声をかけられたときの返し方なども、みっちり練習させられた。おかげで少しは令嬢っぽい佇まいになったような気がする。
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