ポンコツ女子、異世界でのんびり仕立屋はじめます
第四話 新年のはじまりとセピア色の記憶
「はあ、すっかり寒くなってきたなあ」

 朝、お店の暖炉に薪をくべながら手のひらをこする。

 私がこの異世界に来て、数か月。秋だった季節はあっという間に通り過ぎ、今は冬の真っただ中だ。

 この世界にはコタツもストーブもない。ホッカイロやヒートテックもないから冬の寒さは厳しいはずなのに、不思議とあまりきつさを感じない。

 それはたぶん、この世界の人が冬を楽しんでいるからだと思う。

 暖炉の前で団らんする家族の時間とか、新しい冬服を仕立てる楽しみとか。

 冬支度、と言ったらもとの世界ではせいぜい衣替えをするくらいだったけれど、暖炉を掃除したり、薪をストックしたり、コートを仕立てたり、ひとつひとつの準備がとても愛おしく思える。

 季節を感じられること。季節を愛する人たちの暮らしを感じられること。この世界に来て良かったと思うことのひとつだ。現代日本にいたら気付かないまま過ごしていたことが、たくさんある。

 冷たい水での水仕事に慣れていないせいか、手はひびわれてカサカサだが、そこはクラレットがいいクリームをプレゼントしてくれた。

『そんなひどい手荒れでお店に立たないでちょうだい』と言われたが、言葉の裏にある優しさを、今の私は知っている。

 クラレットとも晩餐会がきっかけでだいぶ打ち解けた気がするし、最初からフレンドリーだったセピアは論外として、アッシュとも最初よりは仲良くなっているのではないかと思う。

 これが本当に一年間の海外研修だったとしたら、『だいぶこちらの生活にも慣れましたよ。職場の人ともいい感じですし。仕事も、楽しくやってます』って報告するくらい。

 唯一の悩みだったいやらしい夢に関しては、ここ最近は見なくなっている。やっぱり環境が変わったせいでストレスがたまっていたのだ。そうに違いない、と無理やり自分を納得させている。
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