ポンコツ女子、異世界でのんびり仕立屋はじめます
「じゃあさ、何か食べに行こうよ。僕、おごるし」

 お給料を早くためなければいけないから外食は控えていたけれど、おごりという言葉にぴくりと反応してしまう。

「え……。いいけど、なんで急に?」

「最近寒いから、人恋しくて」

「ちょ、ちょっと待って。食事するだけだよね?」

 ぎょっとして聞き返す。まさか食事というのは口実で、そのあとあやしい場所に連れこまれるのでは……。

「本当に食事するだから安心して。おごったんだからキスして、なんて言わないから」

「なら、いいけど……」

「なんかさ、年上の優しいお姉さんに甘やかしてほしい気分なんだよね」

「それなら、私じゃあまり意味がないんじゃない? 優しくないし、甘やかせないし」

「ううん、ケイトがいいんだ」

 にっこり笑って、セピアが私の手をつかむ。

 セピアに対して恋愛感情はないけれど、こういうところは本当にずるい。可愛いとか、憎めないとか、思ってしまうではないか。

 私はどちらかと言えば年上好きだけど、可愛い系の年下男子にはまる女子の気持ちも、なんだかわかるような気がしてくる。

「うん……。わかった」

「やった! じゃあ、決まりね。何が食べたい?」

「肉! なんかこう、かたまり肉にかぶりつきたい」

「あはは、わかった。ステーキがおいしいお店があるから、そこにしよっか。最近見つけたんだ」

「楽しみにしておくね」

 久しぶりにがっつりしたお肉が食べられると思ったら、仕事にもやる気が出るものだ。ハウス栽培なんてないこの世界、冬の食事はただでさえ味気ないものになりがちだから。

「やったあ、お肉……!」

 セピアの前ではクールを装っていたけれど、誰もまわりにいないのを確かめてから、小声でガッツポーズをする。

 いつも自分で作る夕飯は、塩漬け肉と根菜のスープとか、具のほとんどが豆のシチューとか、フィッシュ&チップスとか。ダイエットにはなっているけど物足りなかった。

 食事目当てで気のない男性におごってもらうなんて、本当はあんまり褒められたことじゃないんだろうけれど。セピアのにこにこした顔を見ていたら、なんだかそれも許される気がしてしまう。
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