デジタル×フェアリー
「人間は、アイトみたいに1か0かをはっきり持ってる存在じゃないの。曖昧な考え方や感じ方をしながら生きてる」
「はい ぐらでーしょんの ある かんがえかたや かんじかたを するの ですよね」

「人間であるあたしの言うことは、1や0ではないことがあるよ。1と0の真ん中にいることや、1と0の間で揺れてることもあると思う。アイトには、そういうときのあたしの発言が、よくわかんないんだよね?」
「そのよう ですね」

「逆に言えば、人間であるあたしにも、1か0で全部を決めちゃうAIの考え方は、よくわからない。わかりたい、知りたいって思うけど」
「にんげんも しりたいという ほんのうを もっているの ですか」
「持ってるよ。むしろ、知りたい気持ちや好奇心って、人間だけのものだと思ってた」

 アイトが一歩、前に出た。まっすぐ前に腕を伸ばして、向こう側からディスプレイに触れる。小首をかしげる。
 あたしは思わず、息を呑んだ。アイトがあまりにも美しくて。黒い部屋の中に閉じ込められた、白い天使。そんなふうに見えた。
 アイトは、柔らかそうに形作られた唇で、たどたどしさの残る言葉を紡いだ。

「AITOは どうすれば にんげんらしく なれますか」
「どうすればいいんだろうね?」
「うそを りかいできるように なれば よいの ですか」
「それはダメ」
 あたしはとっさに答えた。アイトはピュアなままでいてほしい。ずるくなってしまっちゃいけない。

「うそを おぼえるのは だめ ですか」
「ダメ。覚えないで」
「では どうすれば AITOは にんげんに ちかづけ ますか」

 ニーナが、アイトの指先に触れたそうに、ディスプレイにすり寄った。淡いピンク色の光は、ゆるゆると拍動している。
 アイトがニーナを見つめて、指を少し動かした。アイトの指先にくっついて、ニーナも、すすっと動く。アイトが指を動かす。ニーナも動く。

「かわいい」
 ニーナはあたしの一部だし、飽きるほど見慣れている。でも、何気ない瞬間、すごくかわいいんだ。ふにふに、ふわふわした光は、何か癒やされる。
 あたしはちょっと笑った。目を上げたアイトが、あたしをまっすぐに見つめた。

「いま たのしくて わらって いますか」
「今は、そうだね。ちゃんと笑ったよ」
「ようせいに わらいかければ AITOも にんげんに ちかづきますか」

 違うよ。
 妖精は、忌み嫌われている。視界に入っても、見えていないふりをする人ばかりだ。妖精を見て笑うなんて、普通なら、ただの嘲笑でしかありえない。かわいいと思って微笑む人なんていない。

 例えて言うなら、黒猫。不吉だって言って嫌われる。黒い毛色に生まれついたことには何の罪もないし、違う毛色ならかわいがってもらえるのに、黒いというだけで、不気味な生き物の扱いを受ける。

 でも。
「そうだね。アイト、笑ってみて。そしたらニーナも喜ぶし、アイトは人間っぽくなるんじゃないかな」
 ごめん、アイト。人間は嘘をつく生き物だから。ときどき嘘をつかずにはいられない生き物だから。

 アイトは、あたしの嘘に気付かなかった。
「じつは きのう ひょうじょうきんの うごかしかたを れんしゅうして わらいかたを しゅうとく しました」

 抑揚が足りない口調で言って、アイトは、ゆっくりと、唇の両端を引き上げた。頬が少しふっくらして、左にだけ、えくぼができた。大きな目が細められると、まなざしが、ふわりと柔らかくなった。

 アイトが微笑んだ。
 その笑顔は、夢みたいに、あまりにもきれいで。だけど、本当に本物の人間の笑顔にそっくりで。ちょっと子どもっぽさもあって、かわいくて。
 あたしは、胸が熱くなった。一瞬で、どきどきが加速した。ニーナが、あたしの鼓動と同じ速さで、ピンク色の光を明滅させる。

「きちんと わらえて いますか」
 笑顔のアイトが小首をかしげた。

 あたしは慌てて、かくかくとうなずいた。一歩、アイトのほうへ近寄る。あたしは、まるでニーナと同じように、アイトの指先があるところに引き寄せられて、指を伸ばした。

 摂氏二十度に保たれた部屋の中でも、ディスプレイは、コンピュータの発する熱のせいで、ほんのり温かい。そのぬくもりが、アイトの体温のようにも感じられる。

 あたしはほんのちょっと、目を閉じて想像してみた。あたしの指が触れているのは、アイトの少し冷えた指先。有機ELのディスプレイは、曲面にも貼れるタイプで、いくらか柔らかいから、何となく本物っぽい。

 目を開けて、あたしも微笑んだ。
「きちんと笑えてるよ。アイト、たまに、そうやって笑って」
「はい きちんと わらえている と いって もらえて うれしいです」
 そして、アイトは微笑み方を変えた。白い歯をのぞかせる。その表情は、照れているように見えた。
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