デジタル×フェアリー
 下調べは、きっちりやってきた。工学部の建物の場所も、研究室のフロアも、授業の時間帯も、ちゃんと全部、調べ上げてある。
 それでも、どうやったって、そわそわする。

「バレないよね?」

 開け放たれた正門を通り抜けて、あたしは、響告大学の中央キャンパスの中を歩いていく。
 大学らしい情景の中に足を踏み入れるのは、ほんの子どものころ、授業の終わった夕暮れ時に、両親に手を引かれてお散歩をした、それ以来だ。十年以上前だと思う。

 今日の目的は、お散歩なんかじゃない。
 あたしは大学生のふりをして、キャンパスにまぎれ込んでいる。大人っぽく見えるはずの緑色のワンピース。髪型も、ネットで大学生風って紹介されていたアレンジのとおり、サイドを編み込んだ。

 時刻は、午後一時過ぎ。学校はサボった。昨日の夜、両親に感情をぶつけてから部屋にこもりっぱなしで、朝食のときも出ていかなかった。おなかがすいた感じは、まったくしない。
 秋空は晴れているけれど、風が少し冷たい。もうすぐ十一月になる。
 キャンパスの中は意外と木が多くて、あちこちで葉っぱが色づいている。黄色っぽい葉っぱは、風が吹くとひらひら舞い落ちる。低いモミジの木もある。イチョウの葉っぱはまだ青い。

「あ、こら、ニーナ。ふらふらしないで」
 風に舞う葉っぱにつられて飛び出したニーナをつかんで、トートバッグに突っ込んだ。ニーナは仕方なそうに、トートバッグの口から半分だけ姿をのぞかせる。

 バッグの口を閉めて隠してしまえばいい、と指摘されたことがある。あたしだって、何度もそうやろうとした。ニーナさえ姿を見せないなら、あたしだって普通になれるから。
 ニーナは、閉じ込められると、それはそれはすさまじい勢いで光る。猛烈に暴れて、バッグごと飛び回る。妖精の性質らしい。ユキさんに訊いたら、あのおとなしいマァナでさえ、同じなんだって。

 響告大学は広い。中央キャンパスだけでも相当なものだ。
 あたしは、キャンパスの真ん中に建つ時計台を目印に、目的地を表示したスマホを握りしめて、せかせかと足を交わす。

 自転車だらけだ。どの建物の前にも駐輪場があって、ずらっと自転車が停められている。うっかり一台を倒したら、ドミノ倒しみたいに、なだれを打って全部が倒れてしまうだろう。

 大学の時間割によると、今は授業中だ。でも、空き時間の学生さんもかなりいる。のんびり一人で歩く人、笑いながらしゃべっているグループ、図書館らしき建物に入っていく人。
 響告大学がうちの高校みたいな学校じゃなくてよかった。あたしが通う明精女子学院高校は、風紀がとても厳しい。淑女を育成する伝統校だからって。ぴりぴりした空気がいつもある。
< 47 / 77 >

この作品をシェア

pagetop