サヨナラのために
「俺、優しくなんてないんだ」
誠也の顔は、今にも、泣いてしまいそうで。
「あの日、俺は自分の理性を抑えることができなかった。苦しむ美羽を、無視して」
なに、言ってるの。
違うよ、私が。
私があの日、あなたを傷つけたのに。
あんな苦しそうな顔、させたのに。
「あの後、美羽は泣いてたよね。声を押し殺して、俺には絶対にバレないように」
もう私たちの未来はないと知って、私が壊してしまったと知って、絶望していた。
「後悔した。それと同時に気づいたよ。美羽を傷つけた俺に、もう美羽を幸せにする資格はないんだって。それでも離れることができなくて。…永遠に、このままならいいのにって、ずっと思ってた。美羽が俺に会うたびに苦しそうな顔してるの、気づいてたのに」
「違う!」
だって、私は、あなたを傷つけたから。
これ以上、一緒になんていられないって。
だから、そう思うと苦しくて。
誠也も、同じだったの?
「あとね、嘘ついてた」
「え…?」
プルルルル、と発車を告げる音が鳴る。
「いつも、美羽が眠ったあとに、こっそりキスしてたんだ。ダメだって、言われたのに」
「な、んで?」
だって、誠也は、私を幼なじみとしか思ってなくて。
キスだって、ずっと、しなかったのに。
私の知らないところで、そんなことをするのはどうして?
「なんでって、そんなの、美羽が好きだからだよ」
声を、失う。
駅員の声が遠くで聞こえて、ドアが、閉まる。
「ずっと好きだったよ、美羽」
声が、出ない。
足が、動かない。
どんどんと加速していく電車を、ただぼんやりと眺めることしかできなかった。