銀の姫はその双肩に運命をのせて
 姫への呼び出しは、さらに三日後だった。城に戻って、王太子との会見に臨むようにとの通達である。
 グリフィンが手配してくれた薬油を、侍女のアネットがせっせとこまめに塗ってくれたせいか、手荒れはほとんど消えていた。
 そのグリフィンは、というと、深夜になるまで部屋に戻らない日が続き、朝も早くから仕事に出てしまうため、話ができずにいた。明らかに、避けられていた。
 心が、浮かない。

「お礼ぐらい、言いたかったのに」

 山からの夜景を一緒に見る約束も果たされていない。不満のひとつも言ってやりたい。
 謁見用のうつくしいドレスに着替え、身支度を整えると、ディアナは銀の姫に戻った。姫を迎えに来ていた王太子の使者も、ディアナの貫禄にすぐにはことばが継げなかった。

「短かったけど、厩舎暮らしは楽しかったわ」

 そう、これまでは上から見下ろすだけだった世界。屈託のない笑顔。遠慮のない間柄。妬みや嫉みとは縁遠い、人々の素朴な毎日。ディアナはできる限りたくさんの挨拶を交わしてから、城内に帰った。

 ルフォンに初めて登城したときとは、まったく違う。胸を張って、ディアナは歩いた。不安など、なかった。だいじょうぶ。落ち着いている。ディアナは自分に言い聞かせるように心の中でつぶやいた。隣にグリフィンがいてくれたら、もっといいのにと悔しがる自分を叱咤した。グリフィンは軍の司令官。忙しい身。

 銀の姫のご到着です、使者が声を張り上げて告げると、王太子の部屋の扉が静かに開いた。王太子は、正面に置かれた椅子に座っているのが、一瞬だけ目に入った。
 よく快復された、と嬉しくてつい話しかけそうになったけれど、姫はぐっとこらえた。お声がかかり、許しが下りるまで、こちらからは口を開いてはならないし、じろじろ見てもいけない。

「姫、どうぞ寛いでください」

 ディアナは一礼してから、ゆっくりと頭を上げた。
 すっきりした笑顔。顔の輪郭が少し細くなっているような印象を受けるけれど、王太子は見事に復活を成し遂げた。サルっぽい印象だったが、精悍さに変換されているような気もする。

 王太子の傍らには、妃・シェイラが侍っていた。こちらは涼しい顔で、ディアナのほうを見向きもしない。

「ご快復、おめでとうございます」

 ディアナは心から祝福した。

「ありがとう。姫からもらった薬でこの通り甦ったよ、わははっ」

 笑顔だ。中身は変わっていないことに、姫は安堵した。

「毒をもたらした犯人探しなど、助かった今となってはどうでもいいと思っているのだが、姫はどうだろう」

 感心すると同時に、危惧も覚える。

「寛大なお心ですね。同じような事件が起きなければ、いいのですが」
「なあに、起こるまいよ。王太子・ロベルトは不屈の精神で、何度でも起き上がる。それより、犯人扱いされて姫は厩舎に幽閉されたらしいね。こちらの手違いで、申し訳なかった。済まん」

 王太子はディアナに頭を下げた。

「いいえ、幽閉ではありません。かなり自由でしたし、第二王子……グリフィンさまには、とてもよくしていただきました」
「あのグリフィンがなあ、意外だったな。馬以外には興味を示さなかったあいつがなあ」
「そんな。私も仔馬扱いか、あるいは無視されっぱなしでした」

「もし、姫が我らの仕打ちを許してくれるならば、賓客棟に戻っていただきたい。そして、いつまでも留まってほしい。帰国を望むならば、すぐに手配いたそう。それとも、ほかに望むことはあるかな?」
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