銀の姫はその双肩に運命をのせて
鼓動が跳ね上がった。今しかない。言うのだ。コンフォルダに行きたいと。グリフィンと一緒にいたいと。
「王太子さま。もし、許されるならば私、天馬を探したいんです。この国の、銀脈を探したい。そのためには……」
「そんな妙なことをお願いするなと言っておいただろうが、姫さん」
奥の部屋から出てきたのは、グリフィンだった。キールもいる。この会談に、とりあえず駆けつけたようで、グリフィンは軍服軍帽のままだった。
「ロベルト。キールとこいつの婚礼を頼む。なるべく早くに。今宵でもいい。キールが結婚して腰を据えたら、俺はコンフォルダに移る」
「ほう。たまにはいいこと言うねえ、グリフィン王子」
軽く口笛を吹きながら、キールが冷かしの声を挙げた。
「邪魔しないで。私は天馬を」
「お前は黙っていろ。王太子、毒を盛ったのはシェイラだ。この場にいる犯人を放っておくなんて、手ぬるいぞ。俺は、王太子妃の部屋を調べさせてもらったし、ロベルトに毒を盛れるような至近にずっと座っていたのは、シェイラしかいない。毒は、俺の母親が飲まされた鉱毒とまったく同じ成分だった。姫が薬を持っていたように、俺の母はいつも毒を持っていた。辱めを受けないように、いざというときは自ら死を選ぶために。お前は俺の母に頼まれたとはいえ、過去にも人に毒を飲ませている。死なないように、いくらか少なめに飲ませたのか」
王太子は、初めて疑いの眼差しを己の妃に向けた。
「毒を? ほんとうなのか?」
ばかばかしい、といった風でシェイラは笑い飛ばした。
「まさか。周りを欺こうとする、第二王子さまの虚言ですわ、ふふっ。勝手に人妻の部屋をあら探しするなんて、王子のすることではないと思います。たとえ、記憶に残る懐かしい毒が出てきたとしても」
「そうだよ、兄さま。グリフィンはね、書庫の大切な蔵書を平気で破ったりする、不届き者だよ。信じちゃいけない」
キールは、王太子妃に味方した。
「蔵書?」
「とぼけても無駄だよ。きっちり、調べはついている」
しかも、書物のことが知られているとは。ディアナは息をのんで見守った。
指をぱちんと鳴らせてキールが従者に運ばせたのは、書庫にふたりでこもった日にディアナが破いた書物だった。見覚えのある蔵書はあのときのまま、どこも直っていない。
「もちろん、分かるよね。修復師に直すよう、依頼したでしょ」
「……あいつ、キールの手の者だったのか」
「手の者だなんて言い方、やだなあ。なにか不穏な動きがあったら知らせてほしいと、普段からお願いしてあるだけだよ」
「おことばですがキール、それは私が傷つけました。グリフィンは悪くない。私をかばってくれているだけ」
風向きの悪さに耐えかねたディアナは、真実を告白した。
「とにかく、お前は黙っていろ。何度も同じことを言わせるな。これは俺たちの問題だ」
「まあ、うつくしいかばい合いだこと。グリフィンの処遇をどうしましょうかしら、王太子さま? 今度ばかりは厩舎預かりなんて生ぬるいことをしていたら、威信にかかわりそうですわよ」
王太子は頭をかかえていたが、やがて口を開く。
「毒の犯人は探さない。今からなら、なんとでも他人に罪をなすりつけたり、濡れ衣をかぶせたりできるからね。大切な城の者たちを、疑心暗鬼にしたくない。だが、書物の件は証拠がある。これはきちんと説明してもらおうか、第二王子」
ディアナはグリフィンのそばに駆け寄った。姫は焦ったが、グリフィンは小憎らしいほど、静かに落ち着き払っている。
「誤って破ったのは俺だ。補修するために持ち出し、修復師に渡したのも、この俺だ」
「『所蔵庫の資料は、勝手に持ち出すべからず』。重罪だよ、これ。しかも、破損させちゃってさ」
「正義を振りかざして、なにを言いはじめるかと思えば、詭弁なんて。ああ、恐ろしい人。厩舎ではなくて、しっかりと牢に繋いだほうがよろしくてよ、王太子さま」
書物の傷を認めたグリフィンに対し、キールとシェイラは強く非難した。
「シェイラ、俺の、亡き母のことばを忘れたか。自らに奢ることなく、慎みを持って生きろと。王太子妃の立場を守りたいことは分かるが、人を傷つけたりしてはならないんだ、絶対に。王太子妃、ゆくゆくは王妃として、それほどまでに長く君臨したいのか」
「王太子さまがいなくなれば、私は妃でいられなくなる。王太子さまあっての私。なぜ私が、毒を盛らなければなりませんの? 矛盾しているわ」
「ロベルトを生きた屍にして、キールとおもしろおかしくやる魂胆だっただろ。キールは、面倒なことが大嫌いだ。王位なんか、望んでいない。シェイラが王妃として強権を振るえば、怠惰に耽っていられる。違うか」
王太子の快復を祝う席だったはずなのに、どす黒い険悪な雰囲気に包まれている。
「ちょっと待って、やだよ。シェイラなんて、大年増。治療のために我慢していたけど。わたしはかわいいディアナをもらって、楽しく生きたいだけ。確かに楽はしたい。でも、毒とかなにそれ? わたしは関係ないからね」
シェイラの顔が、ふつふつと込み上げてくる怒りで醜く歪んでいる。
「まあキール、私が大年増なんて。裏切ったわね」
「裏切るもなにも。あなたは、わたしを誤解していたようですね。ずっとお気楽に暮らせると思いましたが、とんだ横槍が入った。危険を冒してまで、面倒ごとには巻き込まれたくないよ?」
「王太子さま。もし、許されるならば私、天馬を探したいんです。この国の、銀脈を探したい。そのためには……」
「そんな妙なことをお願いするなと言っておいただろうが、姫さん」
奥の部屋から出てきたのは、グリフィンだった。キールもいる。この会談に、とりあえず駆けつけたようで、グリフィンは軍服軍帽のままだった。
「ロベルト。キールとこいつの婚礼を頼む。なるべく早くに。今宵でもいい。キールが結婚して腰を据えたら、俺はコンフォルダに移る」
「ほう。たまにはいいこと言うねえ、グリフィン王子」
軽く口笛を吹きながら、キールが冷かしの声を挙げた。
「邪魔しないで。私は天馬を」
「お前は黙っていろ。王太子、毒を盛ったのはシェイラだ。この場にいる犯人を放っておくなんて、手ぬるいぞ。俺は、王太子妃の部屋を調べさせてもらったし、ロベルトに毒を盛れるような至近にずっと座っていたのは、シェイラしかいない。毒は、俺の母親が飲まされた鉱毒とまったく同じ成分だった。姫が薬を持っていたように、俺の母はいつも毒を持っていた。辱めを受けないように、いざというときは自ら死を選ぶために。お前は俺の母に頼まれたとはいえ、過去にも人に毒を飲ませている。死なないように、いくらか少なめに飲ませたのか」
王太子は、初めて疑いの眼差しを己の妃に向けた。
「毒を? ほんとうなのか?」
ばかばかしい、といった風でシェイラは笑い飛ばした。
「まさか。周りを欺こうとする、第二王子さまの虚言ですわ、ふふっ。勝手に人妻の部屋をあら探しするなんて、王子のすることではないと思います。たとえ、記憶に残る懐かしい毒が出てきたとしても」
「そうだよ、兄さま。グリフィンはね、書庫の大切な蔵書を平気で破ったりする、不届き者だよ。信じちゃいけない」
キールは、王太子妃に味方した。
「蔵書?」
「とぼけても無駄だよ。きっちり、調べはついている」
しかも、書物のことが知られているとは。ディアナは息をのんで見守った。
指をぱちんと鳴らせてキールが従者に運ばせたのは、書庫にふたりでこもった日にディアナが破いた書物だった。見覚えのある蔵書はあのときのまま、どこも直っていない。
「もちろん、分かるよね。修復師に直すよう、依頼したでしょ」
「……あいつ、キールの手の者だったのか」
「手の者だなんて言い方、やだなあ。なにか不穏な動きがあったら知らせてほしいと、普段からお願いしてあるだけだよ」
「おことばですがキール、それは私が傷つけました。グリフィンは悪くない。私をかばってくれているだけ」
風向きの悪さに耐えかねたディアナは、真実を告白した。
「とにかく、お前は黙っていろ。何度も同じことを言わせるな。これは俺たちの問題だ」
「まあ、うつくしいかばい合いだこと。グリフィンの処遇をどうしましょうかしら、王太子さま? 今度ばかりは厩舎預かりなんて生ぬるいことをしていたら、威信にかかわりそうですわよ」
王太子は頭をかかえていたが、やがて口を開く。
「毒の犯人は探さない。今からなら、なんとでも他人に罪をなすりつけたり、濡れ衣をかぶせたりできるからね。大切な城の者たちを、疑心暗鬼にしたくない。だが、書物の件は証拠がある。これはきちんと説明してもらおうか、第二王子」
ディアナはグリフィンのそばに駆け寄った。姫は焦ったが、グリフィンは小憎らしいほど、静かに落ち着き払っている。
「誤って破ったのは俺だ。補修するために持ち出し、修復師に渡したのも、この俺だ」
「『所蔵庫の資料は、勝手に持ち出すべからず』。重罪だよ、これ。しかも、破損させちゃってさ」
「正義を振りかざして、なにを言いはじめるかと思えば、詭弁なんて。ああ、恐ろしい人。厩舎ではなくて、しっかりと牢に繋いだほうがよろしくてよ、王太子さま」
書物の傷を認めたグリフィンに対し、キールとシェイラは強く非難した。
「シェイラ、俺の、亡き母のことばを忘れたか。自らに奢ることなく、慎みを持って生きろと。王太子妃の立場を守りたいことは分かるが、人を傷つけたりしてはならないんだ、絶対に。王太子妃、ゆくゆくは王妃として、それほどまでに長く君臨したいのか」
「王太子さまがいなくなれば、私は妃でいられなくなる。王太子さまあっての私。なぜ私が、毒を盛らなければなりませんの? 矛盾しているわ」
「ロベルトを生きた屍にして、キールとおもしろおかしくやる魂胆だっただろ。キールは、面倒なことが大嫌いだ。王位なんか、望んでいない。シェイラが王妃として強権を振るえば、怠惰に耽っていられる。違うか」
王太子の快復を祝う席だったはずなのに、どす黒い険悪な雰囲気に包まれている。
「ちょっと待って、やだよ。シェイラなんて、大年増。治療のために我慢していたけど。わたしはかわいいディアナをもらって、楽しく生きたいだけ。確かに楽はしたい。でも、毒とかなにそれ? わたしは関係ないからね」
シェイラの顔が、ふつふつと込み上げてくる怒りで醜く歪んでいる。
「まあキール、私が大年増なんて。裏切ったわね」
「裏切るもなにも。あなたは、わたしを誤解していたようですね。ずっとお気楽に暮らせると思いましたが、とんだ横槍が入った。危険を冒してまで、面倒ごとには巻き込まれたくないよ?」