銀の姫はその双肩に運命をのせて
 いがみ合う面々の前に、王太子が立ち上がった。

「待て、待ってくれ。王太子たる俺を置いて、会話を先に進めないでくれ、どういうことなんだ?」

 醒めた目で、グリフィンが答えた。

「だから。こういうことだ、ロベルト。シェイラは野心を隠してロベルトに近づき、まんまと王太子妃の座を手に入れた。キールは堅苦しい王族生活に厭き厭きしていた。シェイラは支配欲を、キールはお気楽な毎日と治療の相手を手に入れようと、ふたりは結託した。だが、ディアナが現れてキールは魅了された。ディアナの登場に焦ったシェイラは毒を盛り、王太子を死なないまでも動けない体にしようとした。スライドして、キールの妃にはなれそうになかったからね。結果、保身をはかったキールはシェイラを切り離し、グリフィンも失脚させようとしている」

「冗談だろう、お前ら……壮大な、落とし穴か? 俺がこの話を信じたら、実はひっかけでしたとか言って、全員で笑い者にするつもりだろう? 快復の余興にしては、たちが悪いな」
「これが、嘘をついている顔に見えるか」

 白けているキール。
 蒼ざめたシェイラ。
 困惑のディアナ。
 そして、諦観のグリフィン。

「真実、なのか。ああ、真実なんだろうか。とても信じたくない事実ばかりだ。銀の姫、俺は生き返ってよかったんだろうか。あっさりと死んでいたほうが幸せだったかもしれない。ああ、姫よ!」

 王太子はがっくりと肩を落とした。気の毒なほどに。ディアナは強く拳を握り、首を横に振った。

「違う。死んでいたほうがよかったなんて、おっしゃらないでください! だめ、そんなの……夢がない。夢がありませんっ。夢は、天を駆ける翼になるのに……」

 そうだ。
 もし、夢が叶うなら、強く願う。

 銀脈を見つけたい。人々が争わなくても済むように、国を富ませたい。自分の命が枯れるときが来るまでに、多くの後継者に恵まれたい。できることなら、グリフィンと共に銀の血を残したい。

 次のことばをディアナが紡ごうとしたとき、窓の外で激しくなにかが光った。突然の光源は次第に大きくなり、城全体を包むまでになった。眩しくて、目を開けていられないほどに。

 けれど、ディアナだけは光にすぐ慣れた。他の人々は、手で目を覆ったままなのに。
 不思議と、恐怖はない。

 まっすぐ歩いて、窓の外のバルコニーに出ることができた。皆、手で顔を塞いで『眩しい眩しい』とつぶやくだけで、ディアナの単独行動には気づきようがない。

 いつになく、なまあたたかい風が吹いている。
 やや小さくまとまった光の源は、西の棟にあった。ゆっくりと、ディアナのいるほうに向かっているような感じがする。

 やっと目が開いたグリフィンが、ディアナの隣に立った。
 先ほどまで晴れていた空は、すっかり暗い雲に覆われている。

「なにが起きたんだ。なにか、飛んでくるぞ」

 自然な形で、グリフィンはディアナをかばう姿勢を取り、抜刀をした。

「危険は感じられません。もっと、やさしくて、強いなにかです。剣をしまってください」
「いや、万が一ということもある。部屋の中には王太子もいる。王太子妃も。王太子弟も。あいつらを守るのが俺の役目だ。もちろん、お前のことも」
「敵ではありません、絶対に。守ろうとしてくれるグリフィンの心は、嬉しいけれど」

 ディアナとグリフィンは揉み合った。

「やめろ、放せ。ディアナになにかあったら、俺は一生後悔する。キールに嫁げとか、口ではなんとでも言えるが、俺はお前が好きなんだ。ディアナ」
「な……」

 こんな非常時に、なにを言い出すのかと、ディアナは目を丸くした。どう返せばいい? 迷っている間にも、光の塊はどんどん近づいてくる。

「あ、あれ。グリフィン、見て。ほら、うま……タロット?」
「馬だと? しかも、タロットだと。そんなわけ、あるわけないだろっ。雷か、なにかだろう? まさか、飛んで、る……」
「タロットが、私に向かって、まっすぐ。グリフィン、タロットが天馬だったのよ! タロットが」
「だが、どこがタロットなんだ? 銀毛に、翼。タロットの痕跡がひとつもないのに」

 静かに、やって来る。空を蹴るように、輝きながら。タロットが、ディアナのもとに。

「たてがみよ。たてがみだけは、全然変わっていないの。金色の巻き毛」

 目をこすりながら、王太子たちもバルコニーに出てきた。

「なんだ、あれは。馬、なのか。こっちに来るぞ」

 現実ではありえないような光景に、一同は驚きを隠せない。

「天馬です。我が銀の国で伝えられている、天馬がこの国にも降り立ちました」

 喜びを隠せないディアナは、満面の笑顔になっている。
 王太子の部屋に面したバルコニーは広い。タロットも悠々着地した。
 銀に輝く体に、金色に揺れるふわふわのたてがみ。背中からが翼が伸びていたが、やさしい眼差しはタロットのものだった。

「確かに、タロットだな。色はずいぶん変わってしまったが、体つきは以前のままだ。目も、鼻も、耳も、タロットそのものだ。お前、飛べるようになったんだな、すごいな。しかも、全身が光っているぞ。毎日ブラッシングしているからじゃないよな、この輝き方は」

 タロットを我が子同然にかわいがっているグリフィンは、すっと前に出てタロットの鼻筋を撫でた。見た目こそがらりと変わってしまったけれど、育ての親たるグリフィンのことはよく分かっているようで、おとなしくされるがままにしている。

 シェイラは王太子にしがみついたまま、離れられないでいた。無理もない。馬が天を飛んでいるなんて、普通ならば考えられないことだ。銀の姫・ディアナも、実物には初めて会った。
< 32 / 37 >

この作品をシェア

pagetop