銀の姫はその双肩に運命をのせて
「タロット。あなた、銀脈を示すために変化してくれたのよね」

 ディアナも両手をタロットに差し伸べた。

『夢は、天駆ける翼。己の夢を強く願っただろう、銀の姫。我が識者よ』

「馬がしゃべった!」

 キールが大きな声で叫んだ。ディアナも自分の耳を疑った。確かに、タロットの声が届いた。

『しゃべってはいない。心に直接、呼びかけているのだ。姫よ、強く思え。願え。さすれば、我に届く。我は銀の姫の願いを叶えるべく、変化した。銀の姫に忠誠を誓う』

 急にあらわれた天馬に『忠誠』などと宣言されて困ったが、今は銀脈のことよりも、乱れた心をまとめ上げるのが先決だ。

「せっかくだけどタロット、銀脈は事態が収束したあとで。ええと、王太子妃さま。私はあなたのことばで、今回の事件の真相を知りたい。王太子さまのこと、ほんとうは深く愛していらっしゃるのよね?」
『脅しをかけて口を割らせることもできるぞ』
「タロット、それはだいじょうぶよ。お妃さまが、怯えてしまうわ」

 王太子の胸にすがりついていたシェイラだったが、ようやく顔を上げた。

「……言えば、罪を問わずにいてくれる?」
「無罪にだと? 虫のいいことを。タロット、こいつを縛り上げていいぞ」

 グリフィンは怒りをあらわにした。

『我は、識者の指図しか受けない天馬だ』

「な、なまいきになったな。誰がここまで育てたと思っているんだか」
「いいからいいから! 誰も、シェイラさまを責めたりしないか。ね、王太子さまっ」

 ディアナに励まされたような形で、王太子はシェイラに問う。

「だいじょうぶだ。俺は、お前を愛している。今でも気持ちに変わりはない。たとえ、毒を盛られようと、シェイラを愛する自信がある。お前の幸せのためになら、死んでもいい。王太子の座も惜しくない」

 昏睡してやつれた頬に、翳が宿っている。シェイラは、光の裏にある翳をじっと見つめていた。 

「お……王太子さま、申し訳ありません。私、とんでもないことを犯してしまいました。取り返しがつきません」
「いいや、命は残った。何度でもやり直せる」
「……私、子どもがほしかったのです。王太子さまと結ばれて半年。結婚の決め手にもなった、あの子が無事に生まれていれば、今ごろはこの腕の中におさまっていたはずです」

 シェイラは回想していた。生まれてくることがなかった子どもを。ディアナはどきりとした。自分も、銀の血脈を残すために、この国にやって来た身の上。子どもがほしい気持ちは強い。

「あれから、何度も期待しました。子どものできない体ではないのに、次の子どもはなかなか来ない。天罰だと、思いました。病弱の主人を失って行き場所もなくしたみじめな私は、なんとしてでも出世したいという欲にかられ、王太子さまに近づきました。まさか、子どもに恵まれて正式な妃にしてもらえるなんて、考えもおよびませんでした。欲が、出ました。ゆくゆくは国の王妃として君臨できる。王子をもうければ、私の地位は磐石になる、と。けれど、次の子がなかなかできない。焦った私は、キールに照準を絞りました。キールの子どもでもいいから、妃に留まるためにわざと王太子さまを軽んじる演技をしてキールを誘惑した。けれど、キールは治療以上の行為には出ない。銀の姫の登場には、ほんとうに焦った。この王子がいると、かえって自分の地位が危うい。銀の姫と結婚されて子どもでも生まれたら、キールは王太子さまを脅かす大きな存在になる。だから、キールに……毒を盛った……はずなのに、倒れたのはロベルトさまだった」

 語られた真実に、ディアナは驚愕した。もともとの標的は、王太子ではなく、キールだったのだ。

「もちろん、死んでいただこうなどはじめから思っていませんから、鉱毒の量はだいぶ加減しました。ちょっと昏倒すればよかった。なのに、あの夕餉の席で、王太子さまとキールはワインのグラスを交換しましたわね。毒見役の検分を通過したグラスに、私がこっそり毒を塗ったのに」

「グラスを交換? あっ」

 あの日の食事は、王も王妃もグリフィンも揃わないごくごく身内の夕餉だった。交換、というよりキールが王太子にグラスを差し出したのだ。喉が渇いたので、ワインの前に水を飲みたいというから、キールが自分の席の目の前に置いてあったグラスに水を入れ、さりげなく給仕したのだ。いつもなら、ありえないことだ。そのときに限って、使用人さえも近くにいなかった。

 キールを亡きものにしようと考え、さらに実行したとは。シェイラの熱さに、ディアナは息をのんだ。

「焦りましたわ。王太子さまがいなくなったら、私の苦労が水の泡。銀の姫に頼るのも癪に触るし、でも王太子さまの容態はよくならない。いっときは、諦めさえ感じた。選んだのが、例の鉱毒で助かった。今は亡き、グリフィンさまの母上の生まれた国も、鉱山で有名でしたから。銀の姫の薬は、想像以上によく効いた」
「ですから、早く投薬してくださいとあれほど申し上げたのに」

 ははははっ!
 背後で、妙な笑い声がした。驚いて振り返ると、それはキールだった。

「当初はわたしをやろうとしたのか、シェイラ? ずいぶん乱暴だなあ。なにか裏があると思って、適当に話を合わせておいたけど、どうする、ロベルト兄さま。シェイラはわたしに毒を盛ったんだよ。で、間違えて兄さまがそれを」

 王太子は硬い表情を崩さずにいた。頬がこわばっている。

「……毒の、話はもう、しないと、言った。王太子に二言はない。シェイラ、つらい事実をよく告白してくれた。ありがとう」
「ちょっと兄さま、許すわけ?」

「すぐに許すとは言っていない。これからじっくり解決していきたい。夫婦の問題だ。愛するシェイラがこれほど思いつめていたのに、心情をちっとも汲んでやれなかった俺も悪い」
「王太子がいいと言っているんだ。キールが、とやかく口を挟むものじゃない」

 グリフィンもキールを制した。

「キール。お前は表立った罪こそ犯してはいないが、誠意が足りない。うわべだけで人と付き合うな。銀の姫との結婚を希望しているようだが、今のお前には到底渡せない。銀の姫は、俺の命の恩人だからな」

 シェイラを抱き寄せた王太子は、キールにきつい宣告をした。

「ええ? けっきょくわたしだけが、悪者扱い! グリフィンが破った書物はどうするんだい? 勝手に持ち出した罪は?」
「あの本はもともと、グリフィンが遠国から取り寄せたもの。これを機に、グリフィンがすべての収蔵物を整理したらいいのではないか。王にも、そう献言しておく」

「それじゃ、グリフィンの罪は隠蔽されてしまうよ」
「グリフィンを敵対視したい気持ちは分かるが、キール、お前のはただの嫉妬だ。そろそろわだかまりを捨てろ。第二王子だけは母が違うとはいえ、この世にたった三人しかいない兄弟だろうが。ルフォンを強固にしてゆくには、三人が結束するしかない」

 王太子夫妻は奥の部屋に消えた。キールは納得がいかない表情だったが、王太子には逆らえなかった。

 ディアナはあたたかい目で、じっとふたりを見届けた。だいじょうぶ。王太子さまなら、お妃の心をほぐしてくれる。そのうち、きっとお子さまもできるだろう。
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