銀の姫はその双肩に運命をのせて
「……終わったな」
グリフィンが、ディアナの肩をぽん、と叩いた。
はい、と返事をしようとしたが、まだもうひとつ問題が残っている。
『おう、すべてを終わらせるな。天馬の存在を忘れたのか、識者の姫よ』
「わ、忘れてなんか、いないわよ。ありがとうタロット」
すっかりタロットを待たせたままにしていた。おとなしく待っていてくれた、この馬の賢さに感謝する。
「案内してもらおうか。銀脈とやらに」
グリフィンは述べた。
『先ほども言ったが、天馬は識者のことばしか聞かない。お前には恩があるが、それとこれとは別なのだ』
「あー。そうですか」
徹底して、ディアナに忠誠を誓っている。
「じゃあ、私からお願いする。この国の銀脈を教えて、天馬タロット」
『よろしい。ついてくるがいい』
タロットはベランダを越え、ふわりと飛んだ。
「って、飛べないんだけど!」
『町を俯瞰できる、西の棟の裏山がいい。あの場所は城より高い。登ってこい』
一度、羽をはばたかせた天馬は、すうっと空に高く舞い上がった。あたりはどんどん暗くなり、タロットの姿はたちまち見えなくなった。
バルコニーにいるのは、ディアナ、グリフィンそれにキールの三人。
「わたしは行かないよ。胡散臭いし。ロベルト兄さまたちも、奥でいちゃいちゃしているだろうから、夜遊びでもしてこようかな」
「そんな話、ディアナの前ではするな」
「とっくに、知られているさ。守り刀蒐集の趣味とかも。銀の姫の刀は、なんとしてでも手に入れたかったのにね」
キールは手を振って逃げた。
残るは、ディアナとグリフィンのふたりだけ。
「……お前はもちろん、行くよな。天馬に選ばれし、銀の姫だもんな」
「はい、私の使命ですから。グリフィン、あなたは?」
「俺も行く。あんなことを言っているが、タロットは俺の育てた馬。あいつのことをいちばんよく知っているのは、この俺だ。姫、そのドレスと靴では、山を歩きづらそうだ」
「いえ。早く知りたいです、銀脈を。あの子が、どんなふうに道を示してくれるのか」
「そうだな。姫さんが歩けなさそうな場所は、抱っこしてやろう」
「だ、だいじょうぶです! 自分で進みますってば」
強がったものの、裏山の開けた場所に至るまで、ディアナは三度も薄暗い山道で滑ってグリフィンに抱き上げられてしまった。謝るのも、お礼を繰り返すのも両方恥ずかしい。その度に、どきどきする自分にも悔しい。
「着いたぞ」
こんな形でまた山を訪れるなんて。次は夜景だと思っていたのに。
裏山の、開けたてっぺんの空の上を、タロットがくるくると旋回している。
「タロット、着いたわよ。銀の姫の到着よ……グリフィン、そろそろ下ろして」
「はいはい」
今の今まで、ディアナはグリフィンにお姫さま抱っこされていた。急な斜面も、ディアナをかかえたまま進んでゆくグリフィンには、さすがのディアナも恐れ入るのみ。
「タロット! お願い、案内して」
ディアナがそう叫ぶと、タロットはすうっと滑るように降下してきた。
『準備はいいか』
「ええ」
『天馬が駆けた銀脈の地は、光る。よく見ておけ』
「はい」
どちらが主で、どちらが従なのかよく分からない返事をしつつ、ディアナは祈った。どうか、大きな銀脈が当たりますように。
ふわり。
天馬は再び羽を打ち、空に上がった。
空にはさらに雲が広がり、いっそう暗さを増した。
どこまで飛んでいくのだろう。ディアナの不安を共有するかのように、グリフィンがディアナの手を握った。
「安心できるおまじないだ」
「ありがとう。やさしいのね」
「ただのまじないだって。シェイラの祈祷と本質は変わらない」
それでも、ディアナは手を握り返す。信じられるぬくもりが、確かにある。嬉しい。
「見て、タロットが」
ふわり、ふわり。
天馬は遠くへ飛んでいかない。ルフォン城の上空を旋回している。何度も羽ばたく。
暗い宙にきらきらと輝く一本の筋。一本は二本になり、二本がじわじわと四本に分かれてゆく。筋はやがて川のように、ルフォン城をびっしりと網目状に張り巡らせた。
銀脈を示し終えると、タロットはもっと高く飛び、暗い空に消えた。天馬は雲の上に住み、地上の暮らしはしないと言われている。銀の姫であるディアナが呼べば、タロットに届くだろう。だが、遠乗りに出かけたり、調練に参加したりすることはできない。
「な、なに、これ」
ディアナは目を疑った。これでは、城が建っている土台部分そのものが、銀脈だということになる。
「見たまんま、だろ。城の基礎に鉱脈があったなんて、まったく知らなかったな。銀の国との国境あたりとか、とんだ場所ばっかり闇雲に調査させていたぜ」
「ルフォン城ができる以前はここ、どんな土地だったんですか」
「王の一族が入るまでは、荒れた山だったらしいが。小高くて見晴らしがいいし、万が一攻め込まれても守りやすい。ああそうだ、神の祠はあったらしいが。ほら、最初に紹介しただろう、中庭に祀られている神だ。おお、そういやあの神、半人半馬だ。まさか、天馬が」
「それ、きっと正解ですよグリフィン! 天馬に導かれて、お城ができたんです」
「しかし、これだけの銀が埋蔵しているかもしれないとなると、城そのものをどうにかしなきゃいけないな」
「それについて、いい考えがある!」
突然の声に驚いて振り返れば、王と王妃、キールがいた。
「王! なぜここへ」
「なにやら外が騒がしい。執務どころではなくなったのでな。おもしろいものが見られると、キールが案内してくれた。まさか、第二王子と銀の姫の逢引き現場とは」
「逢引きではありません! 銀脈を見て……」
「まあまあ。まずは、姫に感謝しなければ。ロベルトを助けてくれてありがとう」
「そんな。当然のことをしたまでです」
「なにか、希望のものはあるかい。王太子を助けた恩義を、我々はどのように返せばいいかな」
「恩義なんて」
ディアナはグリフィンをちらっと見やった。
「貸し借りは、なしにしたいんだよ。我が国と銀の国は、対等だ。さあ、なにか王に願ってみろ」
グリフィンは、ディアナを試すような言い方をした。意地悪。
帰国を、というアネットの顔が一瞬だけ浮かんだが、小さくごめんねとつぶやき、ディアナは自分の心に素直になることにした。
……望みは、ただひとつ。
「グリフィンと一緒にいたいんです。コンフォルダに、行きたいです」
グリフィンが、ディアナの肩をぽん、と叩いた。
はい、と返事をしようとしたが、まだもうひとつ問題が残っている。
『おう、すべてを終わらせるな。天馬の存在を忘れたのか、識者の姫よ』
「わ、忘れてなんか、いないわよ。ありがとうタロット」
すっかりタロットを待たせたままにしていた。おとなしく待っていてくれた、この馬の賢さに感謝する。
「案内してもらおうか。銀脈とやらに」
グリフィンは述べた。
『先ほども言ったが、天馬は識者のことばしか聞かない。お前には恩があるが、それとこれとは別なのだ』
「あー。そうですか」
徹底して、ディアナに忠誠を誓っている。
「じゃあ、私からお願いする。この国の銀脈を教えて、天馬タロット」
『よろしい。ついてくるがいい』
タロットはベランダを越え、ふわりと飛んだ。
「って、飛べないんだけど!」
『町を俯瞰できる、西の棟の裏山がいい。あの場所は城より高い。登ってこい』
一度、羽をはばたかせた天馬は、すうっと空に高く舞い上がった。あたりはどんどん暗くなり、タロットの姿はたちまち見えなくなった。
バルコニーにいるのは、ディアナ、グリフィンそれにキールの三人。
「わたしは行かないよ。胡散臭いし。ロベルト兄さまたちも、奥でいちゃいちゃしているだろうから、夜遊びでもしてこようかな」
「そんな話、ディアナの前ではするな」
「とっくに、知られているさ。守り刀蒐集の趣味とかも。銀の姫の刀は、なんとしてでも手に入れたかったのにね」
キールは手を振って逃げた。
残るは、ディアナとグリフィンのふたりだけ。
「……お前はもちろん、行くよな。天馬に選ばれし、銀の姫だもんな」
「はい、私の使命ですから。グリフィン、あなたは?」
「俺も行く。あんなことを言っているが、タロットは俺の育てた馬。あいつのことをいちばんよく知っているのは、この俺だ。姫、そのドレスと靴では、山を歩きづらそうだ」
「いえ。早く知りたいです、銀脈を。あの子が、どんなふうに道を示してくれるのか」
「そうだな。姫さんが歩けなさそうな場所は、抱っこしてやろう」
「だ、だいじょうぶです! 自分で進みますってば」
強がったものの、裏山の開けた場所に至るまで、ディアナは三度も薄暗い山道で滑ってグリフィンに抱き上げられてしまった。謝るのも、お礼を繰り返すのも両方恥ずかしい。その度に、どきどきする自分にも悔しい。
「着いたぞ」
こんな形でまた山を訪れるなんて。次は夜景だと思っていたのに。
裏山の、開けたてっぺんの空の上を、タロットがくるくると旋回している。
「タロット、着いたわよ。銀の姫の到着よ……グリフィン、そろそろ下ろして」
「はいはい」
今の今まで、ディアナはグリフィンにお姫さま抱っこされていた。急な斜面も、ディアナをかかえたまま進んでゆくグリフィンには、さすがのディアナも恐れ入るのみ。
「タロット! お願い、案内して」
ディアナがそう叫ぶと、タロットはすうっと滑るように降下してきた。
『準備はいいか』
「ええ」
『天馬が駆けた銀脈の地は、光る。よく見ておけ』
「はい」
どちらが主で、どちらが従なのかよく分からない返事をしつつ、ディアナは祈った。どうか、大きな銀脈が当たりますように。
ふわり。
天馬は再び羽を打ち、空に上がった。
空にはさらに雲が広がり、いっそう暗さを増した。
どこまで飛んでいくのだろう。ディアナの不安を共有するかのように、グリフィンがディアナの手を握った。
「安心できるおまじないだ」
「ありがとう。やさしいのね」
「ただのまじないだって。シェイラの祈祷と本質は変わらない」
それでも、ディアナは手を握り返す。信じられるぬくもりが、確かにある。嬉しい。
「見て、タロットが」
ふわり、ふわり。
天馬は遠くへ飛んでいかない。ルフォン城の上空を旋回している。何度も羽ばたく。
暗い宙にきらきらと輝く一本の筋。一本は二本になり、二本がじわじわと四本に分かれてゆく。筋はやがて川のように、ルフォン城をびっしりと網目状に張り巡らせた。
銀脈を示し終えると、タロットはもっと高く飛び、暗い空に消えた。天馬は雲の上に住み、地上の暮らしはしないと言われている。銀の姫であるディアナが呼べば、タロットに届くだろう。だが、遠乗りに出かけたり、調練に参加したりすることはできない。
「な、なに、これ」
ディアナは目を疑った。これでは、城が建っている土台部分そのものが、銀脈だということになる。
「見たまんま、だろ。城の基礎に鉱脈があったなんて、まったく知らなかったな。銀の国との国境あたりとか、とんだ場所ばっかり闇雲に調査させていたぜ」
「ルフォン城ができる以前はここ、どんな土地だったんですか」
「王の一族が入るまでは、荒れた山だったらしいが。小高くて見晴らしがいいし、万が一攻め込まれても守りやすい。ああそうだ、神の祠はあったらしいが。ほら、最初に紹介しただろう、中庭に祀られている神だ。おお、そういやあの神、半人半馬だ。まさか、天馬が」
「それ、きっと正解ですよグリフィン! 天馬に導かれて、お城ができたんです」
「しかし、これだけの銀が埋蔵しているかもしれないとなると、城そのものをどうにかしなきゃいけないな」
「それについて、いい考えがある!」
突然の声に驚いて振り返れば、王と王妃、キールがいた。
「王! なぜここへ」
「なにやら外が騒がしい。執務どころではなくなったのでな。おもしろいものが見られると、キールが案内してくれた。まさか、第二王子と銀の姫の逢引き現場とは」
「逢引きではありません! 銀脈を見て……」
「まあまあ。まずは、姫に感謝しなければ。ロベルトを助けてくれてありがとう」
「そんな。当然のことをしたまでです」
「なにか、希望のものはあるかい。王太子を助けた恩義を、我々はどのように返せばいいかな」
「恩義なんて」
ディアナはグリフィンをちらっと見やった。
「貸し借りは、なしにしたいんだよ。我が国と銀の国は、対等だ。さあ、なにか王に願ってみろ」
グリフィンは、ディアナを試すような言い方をした。意地悪。
帰国を、というアネットの顔が一瞬だけ浮かんだが、小さくごめんねとつぶやき、ディアナは自分の心に素直になることにした。
……望みは、ただひとつ。
「グリフィンと一緒にいたいんです。コンフォルダに、行きたいです」