銀の姫はその双肩に運命をのせて
 城は中庭を挟んで、四つのブロックに分かれていた。

 城の象徴でもある北塔は、政庁。
 南棟は来賓用の客室。
 東棟は王族の居住地。
 西棟には軍隊の陣営が広がっている。

 キールが『焼き上がったばかりのパンを食べよう!』を連呼するので、四人は東の棟に足を踏み入れた。

「焼きたてに、はちみつをたっぷりぬってね、大きく口を開けてがぶりと食べちゃって。チーズと野菜をのせても合うし、ブルーベリージャムもいいなあ。スコーンや、クッキーもおいしいよ。パンは具を挟んでもらって、部屋で食べてもいいし」

 痩せているのに食欲旺盛そうなキール、育ち盛りなのだろう。年を聞いたら、キールは十五、グリフィンは十九歳だという。

 上階は王族の居室らしいが、東棟にはプライベート用の舞踏練習室に撞球室、宝物殿まであったけれど、四人が落ち着いたのは食堂に面したバルコニーだった。陽射しが降り注ぎ、とても明るい。

「演習中ですね」

 眼下の広場では、近衛兵が調練を行っていた。規則正しく整列し、行進する。足を上げるタイミングまで抜群に揃っている。赤い制服がとても目立つ。

「たとえ、我が国に攻め入ろうなんて動きはなくても、日々の訓練は大切だ」

 あくまで他国の者……ディアナに見せつけているつもりなのだろうか。
 並べられた豪華すぎる軽食に、恐縮しつつもディアナは手を伸ばした。

「うわっ、おいしい!」

 先ほど昼餉をいただいたばかりなのに、恥ずかしながら何度も手が伸びてしまう。キールも食べているが、グリフィンは無言でお茶を飲んでいるだけだ。食いしん坊だと、思われてしまっただろう。でも構わない。帰国するまでの短いお付き合いだもの。すすめられたものを食べなくては、失礼に当たる。ディアナは開き直ってまたひとつ、パンをつまんだ。アネットが呆れ顔でディアナを見ていた。

 目の前のふたりは、それぞれうつくしい。けれど、『美形の兄弟』としてはあまり似ていない。王太子はこの際除外するとして、母親が違うのだろうか。ディアナは上目遣いでふたりの様子をそっと窺った。

「ディアナは、考えていることがすぐに顔に出るね」

 キールはほほ笑んだ。

「えっ、ええっ? 私」
「適当に説明しておけ。面倒だ」

 凝視していたわけではないのに、すっかり見透かされていた。

「あのね、王太子とわたしの母は一緒。王妃です。今日も会ったでしょ。でも、グリフィンだけは異国の血をひく者。ルフォン国王位の継承順は、王太子、わたし、グリフィンなんだ。わたしたちは政務について学んでいるけど、グリフィンは軍閥派でもっぱら軍事担当。不用意に近づいたら、斬られますから」
「まさか、そこまではしねえよ。ただの姫さん相手に」
「王太子が結婚してしまった今、姫は自由ですが、この国に留まるおつもりなら、ディアナのお相手候補筆頭は、このわたしだよ。銀の国はさらに結婚支度金を手にできるし、ルフォンだって王太子の身分違いな電撃結婚をうまくごまかせるだろうし、なによりディアナをつなぎ止めることができる、ねぇ。お互い、悪くない話でしょ。年恰好だけなら、第二王子が適当なんだけどね。あの通りだから」

 にこにこを絶やさないキール。けれど、グリフィンはキールに返す笑顔はなかった。はぐらかして空を見上げている。曇りのない、青い空を。

 ていうか、あの王太子とキールが同母だというだけで驚きなんですが。ディアナは心の中で訴えた。王太子はサル、いいえサル系。キールは守られ愛され少年系なのに。
 そして、冷ややかに一歩下がっているグリフィン。異民族の母を持つということは、城内では格下の位置づけなのだろう。王位を継ぐつもりもないようだ。

「ディアナは、銀脈を探れる血筋なのでしょ? どう、我が国は。見所、ありそう? 鉱物、出るかな」

 新しいお茶を勧めてきたキールに、ディアナは答える。

「ええと。実はまだ、勉強不足で」
「勉強?」
「はい。銀脈は、銀色の天馬が、駆けた跡なのです。私は、まだ……銀脈どころか、天馬を見たことがないので」
「なあんだ、そうなんだ。見たこともないのか。この国でも銀や金が産出したら、すごく助かるんだけどなあ」

 キールはあからさまに落胆した。無理もない。ディアナは銀脈を知る、という触れ込みでルフォンでは妃に迎えられる予定だった。銀の国もかなりいい加減だが、ルフォンもルフォン。しかし、一枚上手だった。

「あ、あの、馬を、見せてくれませんか。実際に見れば、この国に天馬がいるかどうか分かるかもしれません。もし、天馬が隠れているならば、なにかつかめそうな気がします」
「馬って、普通の馬なの? 飼っている馬? 天馬っていうぐらいだから、どこからか飛んで来るのかなと思ってたのに。普通の馬なの」
「い、いちおうは、見ておきたくて」

 城に繋がれている可能性はとても低い。けれど、この国にも天馬がいるかもしれないのだから、それならば役に立ちたいとディアナは素直に思った。ほんのしばらくの間でも、この国に残るならば動かなくてはならない。
 ディアナの母は、天馬の見つけ方を詳しく教えてくれなかった。識者には『見れば分かる』と。ただ、それだけだ。となると、天馬探し初心者のディアナは、数を当たるしかない。

「馬だってよー、グリフィン」
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