銀の姫はその双肩に運命をのせて
第三王子のステキなご趣味
「だめだよディアナ、それじゃあ良家のお嬢さま。どこから眺めても、ご令嬢。もっとくだけた服、持って来てないの?」

 つば広帽子に、膝下丈の外出用ドレス。靴もローヒール。今回の婚礼への旅、ディアナが持参した中では、もっとも動きやすいドレス。自分では、かなり軽い装いだと思うのだけれども。

「これでは、だめですか?」
「ええ、だめですよ。町の散策には、ふさわしくありません。もう、仕方ないな。仕立て屋で服を見繕いましょう。いくら我が国が豊かとはいえ、それは町娘の姿ではありません。百歩譲っても、やんごとなき筋の貴族の娘だろうと」

 そう言い放ったキールは、白い長袖シャツに臙脂色のベスト、下は紺のキュロットだった。茶色の編長ブーツが似合っている。王子というよりは、下町の少年。

「一日、お付き合いしてくださいね。王には許可を得ています。もっともわたしは、あわよくば明日の朝までもなんて、いやいや。ふふふ。とりあえず、出発しましょう。ディアナを借りるよ」

 当然のようについてこようとするディアナの侍女を威嚇したキールは、ディアナの手を取り、歩き出した。振り返ってみると、アネットはその顔色を蒼白に変えていた。

「私、ひとりなのですか。アネットを連れて行っては、だめ?」

 不安を感じたディアナも、キールに訊ねた。

「わたしがいる。絶対にひとりにはしませんよ、ディアナ」
「あなたはこの国の人だし、しかも王子……」
「細かいことはいいから、早く行こう。楽しい時間が減ってしまう。警護の人間なら、遠巻きについていますから、ご心配なく」

 城の通用門を余裕の顔パスでクリアしたキールは、いっそう張り切って腕を振り、町を目指す。お忍び遊びには、相当慣れているらしい。

「いや、やっぱり町は空気がいいわ。城の中は淀んでて、最悪!」

 この人もか! 人前では王子らしく振る舞い、解放されると豹変した。

「王太子の次はわたしが王位に、っていう認識が強いから、期待されてうるさくて。息抜きでもしないと、体が持たないよね。あー、やれやれ」

 ……口調も変わっている。さらには、ディアナの肩を抱いて歩きはじめた。しかも、ディアナの髪をくるくると指で触っている。城内ではおとなしく猫をかぶっているだけで、こちらが本性か。

「ディアナのことをもっとよく知りたいな」

 年下から、意味深な流し目をもらってしまったディアナは、面食らった。返すことばがない。

「いちいち動揺しちゃって。ほんっとにかわいいなぁ。早くわたしのものにしよう。グリフィンだけには絶対、渡さないよ」

 きれいな目でじっと見つめられ、ディアナは反論するべき心をくじかれてしまった。悔しい。

「さあ、あの仕立て屋だよ」

 ディアナはドレスを、王子の見立てたワンピースに着替えた。白地に小花柄の、愛らしい生地だった。裾丈が膝上。少し短い気もするけれど、町ではこれぐらいのデザインが流行っていると強調された。靴もややヒールのあるものに履き替える。ディアナの大切な守り刀だけは胸深くに入れた。

「思ったとおりだ。お行儀のいいドレスじゃ、ディアナには堅苦しいんだよ。これぐらい明るくて、くだけていたほうが若々しくて絶対にいいよ。せっかくきれいな脚をしているのに。出さなきゃもったいない。あ、そうそう。わたしのこと、キールって呼び捨てで頼むよ。『さま』とか『王子』とか、身分の分かってしまうことばは禁句で」

 手先が器用なキールは、さっと手早くディアナの髪を結い直す。鏡の向こうには、ごくごく平凡そうなひとりの町娘が立っていた。

「キ、キールさま。私、恥ずかしいです。こんな格好、初めて。変なところ、ありませんか」
「うん。かわいいだけだよ。とってもいい感じ。さあ、わたしの町を案内するよ。そして、呼び名はキール」

 仕立て屋の隣にある花屋の店先で、キールははちみつ色のマーガレットを三本貰って、ディアナの髪に挿した。

「今日はちょうど市が開かれているから、とても賑やかなんだよ。ディアナは自分の城下に出たこと、ある?」
「いえ、ほとんどありません。市なんて、話に聞くだけで」
「食べ物、装飾品、生活用品、生きものも取引きされているよ。鶏、魚、兎に羊、牛。馬市も見て行こうか。天馬がいるかもしれない。城の馬は、第二王子が熱心に育てているだけあって軍馬として鍛えられているけれど、個性がないよ。グリフィン好みの強そうな馬ばっかりでさ。市の馬はおもしろいよ。農耕、運搬、乗馬。種類も大きさも違うしさ」
「グリフィンさまは、ほんとうに厩舎暮らしをしているんですか」
「うん。二年前だったかなー。彼の母親が亡くなったとき、グリフィンは王の制止も聞かずに、勝手に移動してしまった。あのときから彼は決定的に異端扱いで、王位継承を除外視されているね」

 王位を巡るいざこざに巻き込まれないよう、自分から身を引いたのだろう。けれど、厩舎に住むなんて、普通の王子にはできないと思う。

「ディアナ。グリフィンに、興味があるの? そんなこと、聞いてくるなんて」
「えっ、そんなつもりでは」
「やだよ。異母兄とはいえ、あんな奇妙なやつに、ディアナを渡したくない。わたしとの仲を、前向きに考えてくれない? もちろん、王太子と結婚するつもりでやって来たディアナに、今すぐ気持ちを切り替えろなんて都合がよすぎるって知ってる。でも、ディアナを大切にしたいんだ。少しずつでいいから、わたしのこと、思ってほしいんだ。それとも、年下はいや?」

 無邪気な笑顔で、キールはディアナの顔を覗き込んだ。唇が頬に触れそうな距離にまで接近したから、ディアナは慌てた。

「わわわっ、いやじゃない! いやではありません。突然のことで、なにがなんだか。自分でも、どうしたらいいのか困っていて。帰るべきか、賓客扱いされているべきか」
「いいじゃん。わたしのお嫁さんで。わたしのこと、よく見て。そうだ、ディアナの国に、なにか送る? 甘いものも、珍しいものも、うつくしいものも、たくさんあるよ」

 銀に頼りきりなディアナの国と違い、この国は豊かだった。
 交易を行い、田畑を耕し、ものを作っている。市には笑い声と笑顔があふれている。自分の国が貧しいというわけではないけれど、ディアナは少し羨望を覚えた。
 市を歩くたびに、キールは町の人から声をかけられた。親しく声を掛け合う。軽口も交えて。まさかキールが王子だとは知られてはいないようだが、あまりの気安さにあやうさも感じてディアナはどきどきした。

「キール、こんにちは」
「お。今日は、新しい彼女をお連れかい」
「かわいらしい女の子だね」
「いい布地が入ったから見て行っておくれ」
「林檎はいかがかな」

 どの声にも、手を挙げて明るく答えるキールが眩しく見える。
< 6 / 37 >

この作品をシェア

pagetop