銀の姫はその双肩に運命をのせて
 サル王子。
 馬王子。
 女ったらし王子。
 どれも、冗談じゃない。この国の役に立ちたいと思った前言、撤回。もう、国に帰る。ディアナは決意した。


「おお、ディアナ姫ではないか! ご機嫌いかがかね」

 城から出たときはドレスを身にまとっていたが、途中で着替えた軽装で帰ってしまったため、門番と揉めたが、幸い王太子の一行がそばを通りかかり、ディアナは城内に無事入ることができた。

「ありがとうございます、王太子さま」
「いやいや、これぐらいのことしか役に立てなくてね。いや、婚礼の件は本当に済まなかった」
「いいえ、気にしていません。ぜんっぜん。王太子さまこそ、美しくてお優しそうなお妃さまに巡り合えて、よろしかったですね」
「そうかなあ? それほどでもないんだが、やっぱりそうかなあ? 我が妃は見目麗しく、気立てもよく、周囲への配慮もあって、出自以外は完璧なんだよもう」
「妃に上げる前は、王太子さまの侍女だったそうで。無上の愛ですね」
「そうなんだよ。こいつしかいない! と思ったからねえ。我が妃も、我が愛にしがみついてくれた。うんうん」

 見た目はサルながら、性格は真っ直ぐな王太子。半端ない相思相愛ぶりが少しほほ笑ましく、羨ましい。

「その、銀の天馬の件だが。王は、銀鉱脈発見を頼りにしているが、無理にとは言わない。ディアナ姫の自由な意志で、銀の国への帰国か、我が国への滞在を決めてほしい。グリフィンもキールも難題を吹っかけてくるだろうが、俺はディアナ姫の意志を尊重したいと考えている」

 外見はこれで、思いっきり妃にデレているが、サル王子がもっとも普通の感覚の持ち主だった。ディアナは感謝の意味を込めて深々と頭を下げる。

「ありがとうございます。そうおっしゃってくださると、とても気が楽になります」
「戸締りをしっかりして、早めに休みなさい」

 王太子が、まるで父か兄のように見えた。ふと振り返ると、王太子は穏やかな笑みを浮かべてディアナを見守っていた。


 ディアナが部屋に戻ってしばらく寛いでいると、扉をノックする音が聞こえた。アネットが対応する。

「失礼します。ディアナさま、明日は遠乗りに出かけましょうと、王さまからのお誘いがありました。服と道具を用意いたしましたので、こちらをお使いくださいませ」

 城の、使用人だった。

「遠乗り?」
「はい。王は乗馬が大変お好きでいらっしゃいます。一家でお出かけなさるそうなので、ディアナさまもどうぞおいでください」

 用件だけを事務的に言い終えると、使用人は去った。
 ディアナのアネットが受け取った箱を開いてみると、中からは動きやすそうな乗馬服一式と革のブーツが出てきた。

「まあ、これは素敵ですわ」

 思わず、ディアナも覗き込んで確認した。
 馬は好きだ。馬が好きだからこそ、天馬を探したい気持ちも強い。乗馬も大好きだ。普段は城の外に出られない。遠乗りのときだけ、許された。ディアナにとって、馬は外の世界に触れるためには大切な相棒だった。

「お城の馬を借りるとなると、やっぱりグリフィンさまが育てた馬に乗るしかないのかしら。また長ったらしいあの蘊蓄を聞かされるのかと思うと、気がひけるわね」
「さあ、どうでしょう。第二王子さまが住んでいらっしゃる厩舎の馬は皆、軍馬でしたわ。乗馬はほかにいるかもしれません。でも、王さまからのお誘いですよ、お断りするなんて無理でしょう」

 ディアナはソファに深々と座った。

「そうね。どっちにしろ、断れない。だったら気晴らしに、行きましょう」
「では、連日の外出になりますわね。城下はいかがでしたの? キールさまは?」
「……町は楽しかったけど、キールもめちゃくちゃよ。聞いてくれる?」

 ディアナは、今日の一部始終をアネットに話して聞かせた。アネットはいちいち驚き、怒った。気持ちをぶつけられる相手にようやく出会い、ディアナの心は少し軽くなった。

「それは大変でございましたわね、ディアナさま。キールさまは将来、後宮に三十人すべてを召しだすおつもりなのでしょうか」
「まさか。守り刀を得たかっただけでしょう。あの歳で、刀のために次々に乙女を騙すなんて、結婚詐欺もいいところ」
「では、この国の王子さまに嫁ぐおつもりは」
「ないわね。早く帰国して、我が国内で天馬を探す旅にでも出る」

「でも、いくさにならないでしょうか。今、我が銀の国は疲弊しきっていて、攻められたら防げませんよ」
「そうよねえ。新しい銀脈が早く見つかればいいのだけれど、採掘、製錬して、銀の産出が軌道に乗るまでは、何年もかかりそうね」
「そうですわ。国の宝である姫さまをルフォンに捧げたのは、苦渋の決断でしたもの」
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